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沖縄、鹿児島、広島、秋田、札幌......美術をめぐる脱中心の実践

2023年12月、アーティスツ・ユニオン主催で開催された「美術をめぐる脱中心の実践・報告・2023」。そこに参加した各団体の実践を、ファシリテーターで文化研究者の山本浩貴から示された「脱中心」の理論的枠組みと併せて振り返る。

文=小田原のどか

例えば(天気の話をするように痛みについて話せれば)2023 展示風景 Photo by Satoru Hoshino

「Union」という現象

 英国の美術誌『ArtReview』が発表する、アート界の影響力を順位化した「Power 100」。同ランキングの2022年版第3位は「Union」であった。アーティストやコレクティブが名を連なるPower 100において、ひとつの現象、それも労働環境の改善に関する取り組みが焦点化され、高順位にあげられたことは異例と言える。2023年版「Power 100」ではランク外となったものの、現象としての「Union」は欧州のみに起こったことではなかった。

 日本においては、コロナ禍に結成された「art for all」(*1)や、2023年1月に誕生した現代美術に携わるアーティストによる労働組合「アーティスツ・ユニオン」(*2)などの団体の結成とともに、展覧会やカンファレンスなどのイベントを基軸とする「Union」も散見された。

 一例を挙げれば、鹿児島で同時代の表現が生まれるアートシーンをつくることに取り組むコレクティブ「かわるあいだの美術実行委員会」(*3)による2度目の展覧会の実施、沖縄県那覇市の文化施設「なはーと」を舞台に開催された、沖縄のアートワーカーの労働・制作環境の問題に焦点を当てた「なはーとカンファレンス2023 アーティストの条件」(*4)などだ。

 さらに、秋田県秋田市では、同月11月、秋田市文化創造館を会場に、展覧会、講演会、読書会を組み合わせた複合的なイベント「when we talk about us,」が開催され、コレクティブ「trunk(トランク)」(*5)がトランスジェンダー追悼の日にあわせ、「例えば(天気の話をするように痛みについて話せれば)」を主催した。こうした取り組みが相次いだ2023年は、美術業界の持続可能性をあらためて問い直す動きが顕在化した一年であったと言える。加えて特筆すべきは、それらが沖縄、鹿児島、秋田など、各地域に根ざした取り組みであったことである。

 2023年12月、アーティスツ・ユニオン主催で開催された「美術をめぐる脱中心の実践・報告・2023」(*6)は、ファシリテーターを文化研究者の山本浩貴と筆者が務め、上述の3団体とともに、コロナ禍の札幌で発足した「HAUS」(*7)、2023年3月に開室した女性史家・加納実紀代の資料室「サゴリ」を拠点とする「サゴリに集うひろしま有志の会」も加わり、活動の報告が行われた。

 本稿では、「美術をめぐる脱中心の実践・報告・2023」に参加した各団体の実践を、当日、山本から示された「脱中心」の理論的枠組みと併せて紹介したい。

かわるあいだの美術実行委員会

 鹿児島で同時代の表現が生まれるアートシーンをつくることを目的として活動を継続する「かわるあいだの美術実行委員会」(以下、「かわるあいだの美術」)は、鹿児島在住の美術作家、キュレーターからなる。活動の始まりは、2021年10月に鹿児島出身や在住の美術家6名によって開催された展覧会「生きる私が表すことは 鹿児島ゆかりの現代作家展 We know more than just the names of flowers.」(キュレーション:原田真紀、参加作家:大人倫菜、木浦奈津子、佐々木文美、さめしまことえ、田原迫華、平川渚)だ。

 展覧会タイトルの「We know more than just the names of flowers. 私たちは花の名前より多くのことを知っている」とは、2015年に当時の鹿児島県知事が県の総合教育会議において、「高校教育で女の子にサイン、コサイン、タンジェントを教えて何になるのか」「社会の事象とか植物の花や草の名前を教えた方がいい」と発言し、問題視されたことに由来する。こうした県知事の発言を下支えする同地の男尊女卑的な文化に対し、現代美術展の開催を通じて、「かわるあいだの美術」は異議を申し立てたのだ。

 そしてまた同展は、鹿児島市立美術館で20年ぶりに現代美術展が実施されたことにあわせて企画されたものでもある。現地のアートシーンはモダンアートが主流であり、市内の主要な美術館で現代美術が扱われる機会は数十年に一度と稀である。そのようななか、現代美術の、それも女性作家のみの企画展を開催することの困難についても「かわるあいだの美術」の報告では言及がなされた。

 2023年9月には、2度目の展覧会企画となる「かわるあいだの美術2023」として、「日常へのまなざし」(参加作家:asamiru、上脇田直子、木浦奈津子、外薗千里)と「象(かたど)るふるまい」(参加作家・プロジェクト:さめしまことえ、壽福ヤス子、政治的な手芸部、キュレーターは原田真紀)の2つの企画展が開催された。

 2024年、「かわるあいだの美術」は、連続したトークイベント「かわるあいだの準備室 artのためのtable talk」を企画している(*8)。鹿児島市の映画館「ガーデンズシネマ」と共催の本イベントを通じて、さらなる活動の広がりが期待できることだろう。

「日常へのまなざし」展示風景 撮影=中村一平
「象(かたど)るふるまい」展示風景 撮影=中村一平

なはーとカンファレンス2023 アーティストの条件

 2021年10月に開館した「那覇文化芸術劇場なはーと」は、新たな沖縄の文化発信の拠点だ。同劇場で開催された2日間にわたるトークイベント「なはーとカンファレンス2023 アーティストの条件」は、「アートワーカーの制作環境を考える」をテーマとして開催された。沖縄の文化芸術をとりまく問題を可視化するという意味で、じつに意義深い議論の場であった。

文化芸術を通じて那覇のまちを、また社会をより豊かなものにしていくためには、アートワーカー(アーティストのみならず文化芸術に関する仕事に従事する関係者)の制作環境を整え、アーティストが安心して仕事と生活を両立できることが必要です。やりがい搾取による低賃金・長時間労働、契約雇用の不明瞭さ、ジェンダー格差、ハラスメントなど全国的に問題となっている課題を踏まえ、沖縄でも問題を可視化し議論がなされることが大切です。これらの問題は文化芸術に関わる全ての人が意識してこそ解決することができ、そうした環境が整ってこそ文化芸術の仕事に就きたい次世代が育成されていくでしょう。(イベントフライヤーより)

 このように、文化芸術に関わる人々が置かれた環境の改善を目標に、問題共有のための対話の場がひらかれることは決して多くはなかった。その意味でも「なはーとカンファレンス2023 アーティストの条件」は画期的だ。加えて、本イベントが沖縄にルーツを持つ3名のアーティスト、上原沙也加(写真家)、寺田健人(写真作家、美術家)、福地リコ(映画制作者)による企画として、アーティスト主体の実施であることも注目に値する。

 重要なのは、登壇者の顔ぶれ(平良優季、棚原健太、丹治りえ、寺田健人、根神夢野、上地里佳、北上奈生子、西永怜央菜、町田隼人、松尾海彦、湯浅要、石垣綾音、小田原のどか、新垣七奈、兼島拓也、瀬川辰彦、東盛あいか、與那覇浩平、北澤周也、新城郁夫、豊見山和美、島袋寛之、黒澤佳朗、阪田清子、田原美野、仲宗根香織、林立騎)が示すように、「文化芸術」や「アーティスト」の多様性が担保されていたことだろう。絵画、彫刻、写真、映画、演劇、伝統芸能、クラシック音楽、批評と、様々なプレイヤーによって意見が交わされた。

 同イベントでは、東京/中央と沖縄の非対称性についても焦点化された。離島である沖縄に拠点を持つ作家たちは、本土の作家よりも作品の輸送費用にかかる負担が大きい。費用だけではなく、船便での作品輸送に際しては積み込めるサイズの上限がある。そうした規定は、つくられる作品サイズにも大きく影響する。また別の事例としては、米軍基地があるためドローン撮影の規制地域が多く、映像の制作にも制限がある。そうした沖縄固有の制約があるいっぽうで、文化芸術をとりまく基準や規則は東京を中心に決められている。それは言説の面でも同様だ。

 こうした状況を背景に、上原、寺田、福地は、那覇市長との対話の場に参加することや、「沖縄県のアートワーカーの労働環境を見つめ直すためのアンケート」(*9)を実施することで、行政にも働きかけながら、沖縄のアートワーカーの労働環境の調査と改善に取り組んでいる。アーティストが行政と関わりながら合意を形成するプロセスが、いままさに進行中だ。こうした活動により、文化芸術に関わる現状が革新的に変化する可能性にもっとも開かれた場所として沖縄が脚光を浴びる日も近いのではないかと、筆者には感じられた。

『なはーとカンファレンス2023 アーティストの条件』「制作環境を見つめなおす3」(2023年11月4日、沖縄県那覇市)の会場風景 撮影=普久原朝日
『なはーとカンファレンス2023 アーティストの条件』「制作環境を見つめなおす3」(2023年11月4日、沖縄県那覇市)の会場風景 撮影=普久原朝日

trunk

 trunkは、「既存のメディアでは取り上げられない、取りこぼしてしまわれがちな声を様々な形で発信、共有し、すべての人が生きやすい環境を目指して、ゆるく連帯しながら活動するコレクティブ」として、秋田を拠点に活動する。「性とジェンダーのお話会」や「「書籍『トランスジェンダー問題』を読む」」を開催するなど、ジェンダーやセクシャリティにかかわる対話の場を継続的につくってきた。

 trunkの取り組みは場をつくるだけにはとどまらない。LUSHチャリティバンクの助成を受けた際には、LUSHイオンモール秋田店にメンバーが立ち、店頭にトランスフラッグを掲げ、これまでの活動紹介や今後の取り組みへの参加を、モールを訪れる人々に呼びかけた。

 秋田市文化創造館で開催された「when we talk about us,」では、生まれた時に割り当てられた性別ではなく、生きやすいと感じる性別や状態で生活するトランスジェンダーの人々への差別に「NO」を表明し、誰もが安心して過ごせるフリースペースをつくるため、展示「例えば(天気の話をするように痛みについて話せれば)」を企画している。

 trunkの取り組みは、ネガティブな感情や、個人の痛みを排除しない。「個人の経験や語りを大切にしながら、それぞれが感じている違和感やモヤモヤがどのような社会的課題と繋がっているのか、同じように困っているのは誰なのかを考え」ることの重要性を、trunkは強調する。年度末には「例えば(天気の話をするように痛みについて話せれば)」の内容をまとめたZINEを発行するという。国会議員を招いて意見交換の場を設けるなど、各方面への働きかけにも積極的なtrunkの活動は、秋田という場所の変化の大きな呼び水となることだろう。

例えば(天気の話をするように痛みについて話せれば)2023 展示風景 Photo by Satoru Hoshino
例えば(天気の話をするように痛みについて話せれば)2023 展示風景 Photo by Satoru Hoshino

HAUS

 Hokkaido Artists Union Studiesの略称である「HAUS」は、北海道のアーティストの創作・活動・労働・生活の環境を整え、「アーティストの自律を駆り立てる芸術的社会的な基盤を目指す中間支援団体」として活動を続ける。2022年9月には札幌市から助成を受け、「ハウス・サバイバル・アワード」を公募した。ここではコロナ禍で様々な危機に直面した40組のアーティストからの応募があり、HAUSは40組すべてのアーティストを支援することを選択し、継続的なサポートを行っている。HAUSのウェブサイトでは「Artist Tree」が展開され、アーティストのプラットフォームとしても活用されている。また、HAUSでは、アーティストからの相談を不定期で受けており、今後はより拡充させていくため準備中である。

 「美術をめぐる脱中心の実践・報告・2023」では、気候変動のため冬眠をしなくなったクマが北海道内に相次いで出没していることや、2019年に札幌市に住む男女2人が街頭演説中の安倍総理大臣にやじを飛ばしたことにより、警察官に移動を強制させられたことへの賠償を求めた裁判にも言及が行われた。HAUSによって、アートの持続可能性を環境保護や民主主義の観点からも捉える必要が提起されたことは、きわめて重要である(*10)。

HAUSが行った令和4年度札幌市文化芸術創造活動支援事業のイメージ図(HAUSウェブサイトより)

サゴリに集うひろしま有志の会

 故・加納実紀代による女性史研究に欠かせない点として、銃後の女性たちの戦争責任や加害性への着目が挙げられる。女性=被害者という固定された図式が隠蔽する構造の問題を俎上に載せることは、被害の側面が強調されることが少なくない被爆地・広島において、軍都としての加害の構造や、植民地支配の誤謬への注目をいっそう喚起することにもつながる。

 こうした視点が大切にされている加納実紀代資料室「サゴリ」は、広島市内のアートワーカー、アーティストにとって「避難所」としての機能を持ちつつあるという。いま「サゴリに集うひろしま有志の会」が取り組むのは、広島市内の大学の卒業制作展で発生した迷惑行為(ギャラリーストーカー行為)を問題視した学生への二次加害言動(*11)に代表されるような、広島のアートシーンにおける閉塞的な状況の打破である。そのための第一歩として、大学におけるギャラリーストーカー対策については、同大出身のアーティストらが中心となり、複数の大学の学生が連帯してオンライン署名を始めるという(*12)。

アーティスツ・ユニオン

 アーティスツ・ユニオンでは、飯山由貴の映像作品《In-Mates》をめぐる実質的な検閲事件への抗議のダイイン(*13)や、アーツ前橋の契約不履行事件に対する東京芸術大学への意見書送付などの直接行動とともに、アーティストの労働、契約、メンタルケアを主眼としてオンラインイベントの開催を継続してきた。「美術をめぐる脱中心の実践・報告・2023」では、そうした取り組みとともに、アーティストの労災や、倫理ガイドライン、報酬ガイドラインの社会実装など、今後の取り組みの紹介も行われた。

 2024年は「アートと人権」をテーマにオンラインイベントを開催するとともに、ユニオンメンバーの飯山由貴、田中功起、そして筆者も参加する「ここは未来のアーティストたちが眠る部屋となりえてきたか? 国立西洋美術館65年目の自問|現代美術家たちへの問いかけ」(国立西洋美術館)(*14)の開催に合わせて、アートワーカーと労働についてのシンポジウムを開催する計画だ。様々な方法で、アーティスツ・ユニオンが掲げる「アーティストが主体的に声を上げ、連帯し、美術業界に関わる誰しもが尊重される平等で公平な労働環境を実現する」ことに取り組んでいく。

美術業界の未来を考える

 当日は、同イベントのファシリテーターを務めた山本浩貴から、「脱中心」の理論的枠組みの紹介が行われた。脱中心とは新たな中心をつくるのではなく、中心を介さない関係性を築くことによってなされる。ここでは、中心という権威性を打破するために新たな権威をうち立てるのではなく、権威が自明のものとして排除してきたものを、個別に論じていくことが必要とされている。

 「美術をめぐる脱中心の実践・報告・2023」において紹介された沖縄、鹿児島、広島、秋田、札幌の取り組みは、各地域の文化や問題に根差し、東京という中心を介さない方法で解決を希求するための工夫に満ちていた。成り立ちや団体としてのあり方も異なるそれぞれの活動体が連携し、関わり合い、新たな出会いとともに活動を継続することにより、更なる変化を促すことができるはずだ。

 そうした変化の一助となるよう、当日ファシリテーターを務めた小田原と山本は、各報告への応答として、「サゴリリサーチアワード」を実施することを決めた。これはHAUSが実践したサバイバルアワードや、なはーとカンファレンス2023 アーティストの条件の登壇者から話題にされた制作活動への伴奏を求める声、加納実紀代資料室「サゴリ」のコンセプトと場所性から発想されたもので、資金提供と小田原と山本による作品評を提供することで、アートリサーチを支援する(*15)。持続可能な美術業界の未来をかたちづくるため、こうした脱中心の実践の連なりを促していくことが、今後いっそう必要とされるだろう。

編集部

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