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アジア屈指の文化都市を目指して。西九龍文化地区(WKCD)は香港のブースターとなるか?

アジア最大級のヴィジュアル・カルチャー博物館である「M+」をはじめ、香港故宮文化博物館、戯曲センターなど様々な文化施設が存在する香港の西九龍文化地区(WKCD)。同地区は、コロナ禍を経て渡航制限が解除された香港にどのような可能性をもたらしたのか。その実態に迫る。

文=王崇橋(ウェブ版「美術手帖」編集部)

香港島から眺めた西九龍文化地区 Photo by Iwan Baan© Herzog & de Meuron. Courtesy of Herzog & de Meuron

 ウォン・カーウァイ監督の映画によく登場する香港・尖沙咀(チムサーチョイ)エリアから西へ車で5分ほどの位置に、新たな文化・芸術のランドマークが立ち上がっている。それは香港特別行政区政府の主導による文化プロジェクト「西九龍文化地区」(WKCD)だ。

 ビクトリア・ハーバーを臨む40ヘクタールの埋立地に広がるWKCDプロジェクトは、文化・芸術、教育、オープンスペース、ホテル・オフィス・住宅、小売・飲食・娯楽施設などを融合させたもの。1998年、香港特別行政区政府の初代行政長官・董建華(とうけんか)によって初めて発表され、2008年には同プロジェクトを推進するための機関「西九龍文化地区管理局」(WKCDA)が設立された。開発のために投じられた金額は216億香港ドル(当時の為替レートで約2867億円)に及ぶ。

 その目玉である2021年11月開館のアジア最大級のヴィジュアル・カルチャー博物館である「M+」や、昨年7月にオープンした香港故宮文化博物館をはじめ、同地区には現在、アートパビリオン、アートパーク、フリースペース、戯曲センターなどの施設が相次いで完成しており、今後は音楽や舞台芸術に向けた複数の劇場の建設も予定されている。

M+ Photo by Iwan Baan
© Herzog & de Meuron. Courtesy of Herzog & de Meuron
香港故宮文化博物館 © Hong Kong Palace Museum

 3月20日に香港故宮文化博物館で行われた記者会見でWKCDA最高経営責任者であるベティ・ファン・チン・スクイーは、「香港の文化的ランドスケープが大きく変化した」としつつ、次のように述べている。「かつて香港は金融貿易やショッピングの機能しかなかったため、『文化の砂漠』と呼ばれていたのを覚えている。しかし、いまや香港は、多くのことを成し遂げており、活気ある文化の中心地という新たなレベルに到達している」。

東洋と西洋をつなぐ補完的な展示プログラム

 香港には、中環(セントラル)にある旧中央警察署の跡地を改修したアートセンター「大館(タイクン)」が2018年にオープン。19年には、荃湾(ツェンワン)に位置する南豊紡織の紡績工場跡地をリノベーションした文化複合施設「CHAT(チャット / Centre for Heritage, Arts and Textile)」が開館し、1962年に尖沙咀に設立された香港初の公立美術館「香港芸術館」も拡張してリニューアルオープンした。WKCDプロジェクトの推進は、香港の文化・芸術へのコミットメント強化を見せている。

 スイスの建築事務所ヘルツォーク&ド・ムーロンが設計したM+の建物内には合計1万7000平米におよぶ33のギャラリーを有しており、ウォーターフロントに面したLEDのファサードではアーティストによる委託制作の映像作品が随時上映されている。館内では現在、草間彌生の約80年にわたる制作を網羅した大規模個展「Yayoi Kusama: 1945 to Now」(〜5月14日)や、スイス人コレクターのウリ・シグが寄贈した中国現代美術のコレクションによって構成される「M+ Sigg Collection: From Revolution to Globalisation」(〜7月23日)のほか、アート、建築、デザイン、映画などを通して香港のユニークな魅力を発見する「Hong Kong: Here and Beyond」(〜6月11日)、アジアのデザイン、建築、家具や現代美術などを紹介する「Things, Spaces, Interactions」「Individuals, Networks, Expressions」など多様な展覧会が開催されている。

「Yayoi Kusama: 1945 to Now, 2022」の展示風景より、《Pumpkin》(2022)
Photo by Lok Cheng. Courtesy of M+, Hong Kong
「M+ Sigg Collection: From Revolution to Globalisation」の展示風景より
Photo by Lok Cheng. Courtesy of M+, Hong Kong

 コロナ禍中の厳しい渡航制限が続いていたにもかかわらず、同館は開館してから最初の12ヶ月で200万人以上の来場者を記録。その数は伸び続けている。海外からの渡航制限が解除され、3月末に全面的に復活したアート・バーゼル香港のシナジー効果もあり、今後は海外からより多くの来場者を迎えることは間違いないだろう。

 いっぽうの香港故宮文化博物館も、開館9ヶ月で約100万人の来場者を記録しているという。館内にある合計7800平米を有する9つのギャラリーでは、北京故宮博物院のコレクションから貴重な宝物を900点以上展示しているほか、香港における中国美術の収集の歴史と、6人の香港人アーティストが宮廷文化を再解釈したマルチメディア作品を紹介する展覧会や、海外の主要美術館とのコラボレーション展を見ることができる。

香港故宮文化博物館ギャラリー2「From Dawn to Dusk: Life in the Forbidden City」の展示風景より © Hong Kong Palace Museum
香港故宮文化博物館ギャラリー9「Radiance: Ancient Gold from the Hong Kong Palace Museum and the Mengdiexuan」の展示風景より © Hong Kong Palace Museum

 その展示プログラムについて同館館長のルイ・ンー・チーワは上述の記者会見で、「北京故宮博物院のコレクションを香港の視点とグローバルな視野で紹介することは、とても重要なことだ。私たちは、新旧間の対話、そして世界の文明間の対話を促進することに尽力している」と話している。

商業プロジェクトの開発により地域価値を向上させる

 WKCDプロジェクトは政府の出資により始動したものの、現在は独立採算制で事業を運営しているという。長期的に持続可能な収入をもたらすためには、文化・芸術の公共施設だけでなく、商業プロジェクトの開発にも力を入れている。

 同地区内には、小売・飲食・娯楽施設のための約14万平米のスペースや、ホテル・オフィス・住宅のための36万平米以上のスペースが設けられており、今年3月にオープンしたフィリップスのアジア新本社のほか、高級ショッピングモール「Elements」やリッツカールトン、Wホテル、投資銀行、高級住宅なども続々と完成している。

 フィリップス アジア代表のジョナサン・クロケットは、同地区に入居することは「香港の主要な芸術文化地区の中心に位置すること」だとし、「この地区全体と連携して、補完的なプログラムやイベントを行うことができ、この地区を世界的な芸術文化の発信地としてさらに強化することができる」と強い自信を示す。今年のアート・バーゼル香港にあわせてオープンしたこの新たなスペースでは、オープニングセレモニーやオープンハウス、ガイドツアー、アフターパーティーなど様々なイベントを行い、最初の1週間で約8000人の来場者を迎えたという。

フィリップス アジア新本社の外観 Courtesy of Phillips

 また、クロケットと前出のWKCDA最高経営責任者・ファンも同地区の優れた立地を強調している。広東・香港・マカオのグレーターベイエリアの交通の要衝に位置するWKCDは、エアポートエクスプレスで香港国際空港に、高速鉄道で深センや広州など中国本土の各都市に簡単にアクセスできる。交通の便利さは、香港や中国本土、そしてアジアの隣国から、コレクターやキュレーターなどアートの専門家から一般の観光客まで、優れた集客力をもたらすことが予想されている。

 ファンは、「WKCDは東洋と西洋の文化をひとつの場所で融合させることができる。香港や中国本土だけでなく、アジアでもユニークな文化的ハブだ」と話す。国家安全維持法やコロナ禍の影響、そしてソウルやシンガポールなどほかのアジア都市からの挑戦を受け、香港はしばしば「優位性を失ったのではないか」という疑問に直面している。しかしWKCDは、アジア屈指の文化都市になろうという香港の決意と実力を改めて世界に証明している。

香港島から眺めた西九龍文化地区 Photo by Virgile Simon Bertrand
© Virgile Simon Bertrand Courtesy of Herzog & de Meuron

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