西洋美術、日本美術、現代美術というそれぞれ異なる分野において、日本の私設美術館を代表する大原美術館、山種美術館、ワタリウム美術館が、クラウドファンディングによって運営資金を募ったことは大きな衝撃をもたらした。いずれも多くのファンを持つ美術館であり、「経営危機」という言葉からは無縁のように見えていたからだ。このような状況に陥った状況を紐解くとともに、今後の施策を各館に聞いた。
収入の大半を占める入館料が激減
大原美術館は、言わずと知れた日本最初の西洋美術中心の私立美術館。開館は1930年にさかのぼり、実業家・大原孫三郎が、画家・児島虎次郎がヨーロッパ各地で収集した作品を展示するために創設し、以来、創立90周年を迎える今年まで常に同時代の作品を収集し続けてきた館だ。
また山種美術館は1966年に日本で初めての日本画専門の美術館として開館。以来、近代・現代日本画を中心とした収集・研究・公開・普及を行い、確固たる地位を確立してきたと言える。
和多利家が1990年にオープンさせたワタリウム美術館は、プライベートミュージアムとしてこの30年間でアンディ・ウォーホルやキース・ヘリング、ナムジュン・パイク、ヨーゼフ・ボイスといったビッグネームのアーティストをはじめ、若い国内のアーティストなどもいち早く紹介しており、日本の現代アートシーンには欠かせない存在だ。
これらの美術館が経営難に陥った原因。それは、いずれも入館料収入に大きく依存しており、新型コロナウイルス感染拡大に起因する長期の休館や、再開後の人数制限などが経営にダメージを与えているからだ。
課題は収益構造の多角化
136日間という長期臨時休館を余儀なくされ大原美術館は運営経費の約8割を入館料が占めるが、現在は入館者数を10分間に最大20人(1日最大800人)に制限。コロナ以前のハイシーズンの週末には1日最大3000人程度の来館があったという同館からすれば、これは「投資はおろか、運営経費でも赤字の数字」だと同館学芸統括の柳沢秀行は語る。「雇用を守ることは大前提だが、職員のボーナスは一律でカットとなりました。政府の雇用調整助成金を活用しつつ、開館しているときに赤字にならないようにほそぼそとやっていくしかない状態です」。
ワタリウム美術館は日本のほぼすべての美術館が休館するなかでもその扉を開け続けてきたが、4月〜5月の来館者数は例年の2割以下と「開館休業状態」が続いていた。山種美術館も現在の来館者数は今年度上半期で前年比約93パーセント減という数字だ。10月以降は徐々に戻ってきてはいるというが、それでも平年の4割程度にとどまっているという。
この3館はいずれもクラウドファンディングを実施し、それぞれ当初の目標を大きく上回る金額を、驚くべき早さで達成している。しかし、ヨーロッパで起こっているようなコロナ第2波による再度の休館という事態になれば、その経営はふたたび大きく揺らぐだろう。そうしたときに求められることのひとつが、「収益構造の多角化」だ。
柳沢はこう語る。「大原美術館は2018年の西日本豪雨の際にも記録的な来館者の減少を経験しました。以来、年間2500万円の会費をもたらす後援会制度の増強など、収入源の多角化は意図的に進めています。また後援会の法人会員向けには、『宣伝広告費』として美術館を支援しやすい設計を進めています。イベントなどにネーミングライツを導入することも可能性としてなくはない。ニーズを把握し、支援していただきやすいかたちを考えることが必要です」。
クラウドファンディングは「挑戦だった」という山種美術館の館長・山﨑妙子は「永続的に活動していくためには、これからの時代に合わせた美術館として生まれかわる必要性を感じています」と危機感を滲ませる。
山種美術館は常勤職員が10人に満たない、少人数で運営している美術館。山﨑は「入館料以外の収入を得るアイディアは考えていますが、減収している状態ですぐには実行できないことも多く、長期的な視野で地道にやっていくしかありません」としつつ、こう続けた。
「入館料収入以外の施策として現段階で考えているのは、これまではほとんど取り組んでこなかったオンライン講演会、オンラインギャラリートークなどのオンラインコンテンツを充実させていくことです。今回、初めて挑戦したクラウドファンディングは多くの気づきを与えてくれました。継続的に支援者との関係を保ち、色々と支援者に還元していきつつ、今後も応援していただけるような関係性を築くことが重要だと考えています」。
「また、私立美術館同士の協力や、文化庁を始めとする行政との連携を深め、日本文化の継承を持続可能なものにしていくための取り組みに努めたいと考えております。そのためには、海外へのさらなる発信や、これまでご縁のなかった若年層の方々にも応援していただけるような美術館を目指すことが必要です」。
いっぽうワタリウム美術館代表の和多利浩一は、「とにかく安全に開館しているという認知をしてもらうこと」が大前提としつつ、これまで行っていたギャラリーツアーや関連レクチャーシンポジウムなどをリアル開催と同時にオンラインでも配信するなど、「あらゆる可能性で実験している」という。「重要なことは美術館が静止しているのではなく、常に躍動、動き、発進していることと考えます」。
また和多利も「個人、企業がサポートした場合のディタックス(税金から差し引かれる)など、広い税制のサポートが求められるでょう」と、個人や企業が支援しやすい制度が必要だと訴える。
スタッフの雇用を守りつつ、難しい運営を迫られる私立美術館。その挑戦を、今後も追い続けたい。