新型コロナウイルス感染症が世界中で猛威を振るい、大規模な国際的アートフェアが開催中止もしくはオンライン化を余儀なくされているなか、中国では「上海アートマンス」として知られている11月に、中国本土最大級のアートフェア「ウェストバンド・アート&デザイン」と「アート021 上海コンテンポラリー・アートフェア」(以下、ウェストバンドとアート021)が開催を迎える。
今年で第7回目の開催となるウェストバンドには約50のギャラリーが出展。いっぽう、アート021の参加ギャラリー数は104。この数字は昨年の実績である111ギャラリーとはほぼ変わりなく、ガゴシアン、ペロタン、ペース、ハウザー&ワースなどのメガギャラリーも名を連ねている。ポストコロナ時代では、アートフェアはどうあるべきか? 「美術手帖」では、アート021の共同創設者である包一峰(バオ・イフェン)や出展ギャラリーの関係者にヒアリングを行った。
感染拡大の予防措置を徹底する
徹底した都市封鎖や全住民のPCR検査などの施策により、中国では新型コロナウイルスの感染は落ち着いている。それにもかかわらず、アート021は今年、来場者全員に実名での登録およびチケットの事前予約を義務づける。人との接触を減らすため、会場にはチケットカウンターも設置しない。また、来場者数が急増した場合は、入場制限または来場者を異なる入り口から入場させるなどの措置も実施するという。
こうした感染拡大の予防対策について、包は「政府の要求でもあり、今後も継続的に実施していく予定だ」と話す。「事前登録に慣れていない人も多いかもしれないが、フェアのスタッフは現場で丁寧に案内するので、その場で登録やチケット購入を済ませたら、スムーズに入場することができる」。
今年最大の試練は「新規顧客の獲得」
アート021において出展ギャラリー数がもっとも多い「MAIN GALLERIES」セクションには、20〜21世紀の現代美術に焦点を当てた60のギャラリーが参加。包は、「今年の前半では、ほとんどの物理的なアートフェアが開催中止となったので、ギャラリーは(11月の上海アートマンスを)期待していて今年の業績を少しでも回復させたいと思っている」と語る。包によると、参加ギャラリーには中国本土のギャラリーは約60〜70パーセントを占めており、国際的なギャラリーのほとんどは中国国内にスペースを持っているという。
例えば、2018年に上海にスペースをオープンしたペロタンは、今年のアート021で若手アーティストの作品をメインに紹介。同ギャラリーの香港および上海ディレクターを務める黄知衡(ウリ・ホアン)はこう述べる。「新型コロナウイルスの影響で世界中のアートフェアがほとんど中止となったため、今年の上海アートマンスは我々にとって非常に重要な意味がある。今年は、顧客のニーズを最大限に満足させると同時に、ブースでの展示を通じていかにペロタンの独自性を提示するかということに取り組んでいる」。
いっぽう、中国国内に拠点を置いていないギャラリーについて、包は「長い飛行時間や隔離期間などにより、海外ギャラリーの出展意欲はそれほど高くないかもしれないが、ビザ申請の手伝いなど様々なサポートを提供することで、フェアへの出展をできるだけ円滑に進められるようにしている」と述べる。
香港にも展示スペースを持っているタカ・イシイギャラリーだが、「コロナウィルス感染症拡大の影響で日本からの国外渡航が難しいこと」を理由にスタッフを現地に派遣しないという。「その代わりに、現地の方にご協力いただき、ブースの運営・販売を行う予定だ。上記の事情から、自分たちで現場でセールスに立ち会えないという状況に関しては不安を覚えている」。
中国ではいまだに厳格な入国制限が実施されており、こうした状況について、ペロタンの黄はこう続ける。「今年のフェアにとって最大の試練は、国境の閉鎖により例年のように中国国内の顧客を発掘して信頼関係を構築できるかどうかということだ。ブースでの展示を成功させ、より多くの地元のコレクターを引きつけることができることを願っている」。
オンライン体験はどう向上できるか?
世界中の大規模なアートフェアと同様、今年のアート021はオンライン・ビューイング・ルーム「PLATFORM」を新たに設立した。包は、「オンラインプラットフォームがギャラリーの作品販売にいかに役立つか、我々はずっと探っている。今年は、多くの海外ギャラリーやコレクターが中国に入国できないので、彼らと優れたアーティストやギャラリーとの接点としてオンラインプラットフォームを提供できればと考えている」と話す。
リアルなフェアに出展予定だったNUKAGA GALLERYは、入国規制のためオンラインでの出展を決め、井上有一や柿沼康二らの作品を紹介。作品の選定基準について、同ギャラリーのアシスタント・ディレクターである王亞榆(ウェンディ・ワン)はこう語る。「顧客と直接向き合うことができないので、画像でも印象に残るような作品を主に選んだ。新型コロナウイルスの影響で今年は実際に会場に行くことができないが、オンラインプラットフォームを通じて新規顧客を獲得できるのではないかと思う。ここ数年中国のフェアに参加することにより徐々に現地の顧客も増え、アートに対する熱量を感じている。新しいものにも積極的に興味を示す中国のフェアでは、潜在的なコレクターに出会えることを期待している」。
いっぽう、オンラインプラットフォームは、ネットワークの遅延や長時間の画面閲覧によって疲労をもたらすなどの欠点が指摘され、批判されることも少なくない。これらの欠点について包は次のように語っている。「これまで多くの国際的なアートフェアがオンラインプラットフォームを立ち上げたので、アート021はその強みを学び、問題点を改善していきたいと考えている。しかし、これには時間がかかり、簡単にできるものではない。オンラインプラットフォームの最終的な目的は、取引を成立させることだ。特定のアーティストやギャラリーを検索すると、その関連ページにすぐたどり着くことができるように、我々はオンライン体験の向上に力を入れている。作品を閲覧するだけなら、いまの段階ではギャラリーのページをひとつずつ閲覧するしかない。こうした欠点は、1回のアートフェアだけでは解決できないと思う。さらに多くの技術や資金を投入しなければならないので、今年はまずオンラインプラットフォームを立ち上げ、ユーザーからのフィードバックをもらってから調整していきたいと考えている」。
アートフェアの役割とは?
包が述べるように、アートフェアの主な役割のひとつは、ギャラリーとコレクターをつなぎ、ギャラリーに売上をもたらすことだ。それでは、アート021はどのように中国国内の新規コレクターを発掘し、ギャラリーの仲介者の役割を果たしているのか? 包はこう続ける。
「我々は、普段より中国国内のコレクターと良好な関係を維持している。コロナ大流行のあと、コレクターたちもアートフェアの開催を期待している。また私たちは、ギャラリーの出品作品を事前に調べたり、作品リストをコレクターと共有したりすることも手伝っている。さらに、銀行などのリソースを通じ、潜在的な顧客をフェアに引きつけることにも取り組んでいる」。
今年7月にサザビーズ香港で開催されたモダン・アート・イブニング・セールでは、中華系フランス人の画家・常玉(サンユー)の絵画《Quatre Nus(4人の裸婦)》(1950頃)が2億5834万香港ドル(約35億円)で落札され、常玉の過去最高額の2位を記録。また、10月18日の北京保利(ポリ)オークションでは、中国明朝の風景画家・呉彬(ウービン)の《十面霊璧図巻》が5億1290万中国元(約80億円)で落札され、中国古美術のオークションにおける過去最高額を更新した。中国のアートマーケットは、新型コロナウイルスによる景気の悪化に影響されず、依然として上向きの勢いを示している。
マーケットの現状について、包はこう語っている。「高額の作品だけではなく、ほかの作品の取引額も比較的に安定している。それは、中国のアートマーケットがコロナの影響をあまり受けていない証しのひとつでもあるだろう」。
新型コロナウイルスの影響により、アート・バーゼルやフリーズなどアートフェアにおける有力なプレイヤーは物理的なイベントの開催に苦戦しており、アートフェア業界やマーケットは大きな転換期を迎えている。アート021の今後の戦略について包は、「我々の優位性を維持しながら、従来のモデルを打破していく方法を探っていきたい。これはなかなか挑戦的だ」と期待を寄せる。