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2020.4.29

「ひとり10万円」の東京都アーティスト支援策は妥当か? 求められる長期的な支援

東京都が発表した独自のアーティスト支援事業「アートにエールを!東京プロジェクト」。動画制作と発表でひとりあたり10万円を支援するというこの事業の妥当性は?

東京都庁 (C)photoAC
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 プロとして芸術文化活動に携わるアーティスト等に動画を制作・発表してもらい、その対価としてひとり当たり10万円を支払う──これが東京都が発表した芸術文化活動支援事業「アートにエールを!東京プロジェクト」だ。

 文化芸術活動が新型コロナウイルスで大きな影響を受けるなか、国からは文化に特化した経済的な支援策は出されておらず、自治体独自の支援策には期待が寄せられている。こうした状況で登場した都の支援事業。しかしその内容をめぐっては、SNSでも賛否両論が巻き起こっている。

 「あるだけでもありがたい」「プロでも無名の人にはチャンス」といった賛同の声があるいっぽう、「予算が低すぎる」「労働に対する対価じゃないか」という疑問視する声も挙がっている。

 あらためて条件を見てみよう。応募できるのは、新型コロナウイルスの影響で活動を自粛せざるを得ない「プロのアーティスト、クリエイター、スタッフ等」(個人または10名以内のグループ)で、対象者と対象作品の要件は次のように決められている。

ア 以下の領域で活動していること
(ア)分野音楽、演劇、舞踊、美術、映像、写真、伝統芸能、複合(核となる分野を特定できない芸術活動)等
(イ)職種音楽家、俳優、舞踊・舞踏家、美術家、カメラマン、伝統芸能実演家、演出家、脚本家、舞台監督、照明家、音響家、舞台美術家、制作者、キュレーター、メイクアップアーティスト、舞台衣装家、その他アートワーク、クリエーションに関わるプロフェッショナル

イ 過去1年以上継続して、プロフェッショナル(主に芸術文化活動に係る収入により生計を維持している者で、不特定多数の観客に対し対価を得て公演・展示等を行う者及び当該公演・展示等の制作に携わっている者)として芸術文化活動を行っていること

ウ 都内居住者又は都内を主な活動拠点にしていること(自身が関わる公演・展示等の活動の過半が都内で行なわれていること)

ア 応募者自身が創作する、未発表の新作であること(新型コロナウイルス感染症の感染防止のため、動画作品上も、いわゆる「3密」を避けたものとしてください。)。既存作品の場合は、今回の新型コロナウイルス感染症の感染拡大防止のため、未発表となったものであること。

イ 5~10分程度を目安とする動画作品(3分以上、30分以内とする。)

ウ スマートフォンなどで撮影したものも可

エ 絵画などの静止画のスライドショー等の作品も可

東京都の狙いとアーティストの懸念

 東京都はこうした施策の背景として、「スピード感」を挙げる。都の生活文化局文化振興部によると、「支援が必要な状況にすぐに対応できるもの」として今回の案は立案された。手続きを迅速に進めるため、「過去1年以上継続して活動しているプロフェッショナル」という条件についても証明書などの提出は求められず、あくまで自己申告ベースとなるという。

 また、制作を伴う支援というかたちについては、「支援した成果を、外出せずに多くの方々に見てもらうことを考え、このようなかたちになった」と説明する。

 こうした支援について、アーティストはどのような印象を抱いているのだろうか? 都内で現代美術家として活動し、墨田区で喫茶店と展示スペースからなる「喫茶野ざらし」も共同運営する中島晴矢は、「アーティストならそこで新作を発表したくないのではないか」と語る。

喫茶野ざらし 撮影=コムラマイ 提供=中島晴矢

 新型コロナが流行する直前の1月半ばに「喫茶野ざらし」を始めた中島。現在は展覧会やトークイベントを開催せず、平日の昼間に限りテイクアウトと喫茶スペースを営業し、クラウドファンディングで運営資金を募るなど、経済的に大きな影響を受けている。また個人ではライティングの依頼や展覧会の予定もなくなったというが、都の支援事業には疑問を投げかける。

 「アートの定義やアーティストの条件が不明瞭な印象を受ける。少なくとも現代美術がその枠組み自体を疑いながら拡張してきた『ジャンル否定的なジャンル』であるとすれば、その作品がアートであるか否かは、作家の無根拠な実験の積み重ねと、それを判断する批評や歴史に依拠するというのは自明のはず。そうした観点からすれば、基本的にこの施策は的外れ。ともすると、アーティストとそうでない者という『分断』を生んでしまいかねない」。

現実とのギャップは?

 支援規模と現実とのギャップも気になる点だ。コンサルティングファームのケイスリー株式会社は、新型コロナウイルスによる芸術文化活動への影響を、2020年4月3日~4月10日の期間で調査。3357件の回答を得ており、経済状況については、回答者の8割以上が数十万円~1億円以上の幅で損失を受けていることが明らかになった。また補償の希望額も半数以上が数十万円となっている。

 こうした結果を踏まえ、ケイスリーの落合千華は「様々な支援策があることは良いが、対象が限られた印象を受ける」と語る。

 「他の支援策を組み合わせて考える必要があるものの、4月上旬の調査時点で過半数が10万~50万円の金銭的支援を望んでいたため、現状では数十万以上の損失があると考えられる。募集人数に達した段階で受付中止の場合もあり、早い者勝ちで支援が行き渡らないリスクがある。時期についても2月末からの自粛が多く、既に早急な支援を求める声が多数である。本支援の入金は配信後、早くても6月末である。活動支援という形式はあっても、できれば選定次第支払ってもらえたらと思う」。

 「未発表の作品制作・出演料として支払う形式から、対象者が前向きに制作できる場合には良いが、現状の生活がままならない等、動画制作へ障壁を感じる対象者がいれば機能しづらい。登録フォームにアクセスする方法も含め、デジタルデバイドへの対応がどの程度されるか気になる点である」。

 Arts and Lawファウンダーで文化政策実務家・研究者の作田知樹は「いち早く要項の発表にまで至った点、また個人への給付に特化した点は評価できる。掲載先も当初特設サイトとされていたが4月28日の要項発表時にYouTubeに変更となった。これは再生数だけではなく、著作権等の権利処理、プラットフォームの責任などを考えても妥当な判断だ」としつつ、次のように懸念を示す。「ただ、応募規約を見ると応募期間が5月20日〜6月12日と短く、また『募集人数に達した段階で、応募の受付を中止する場合があります』という記述がある。同時に発表されたQ&Aを見ても、先着順に審査ということしか書いておらず、実質的に先着順ではないか」。

 「今回は『(ウイルスの影響で)活動を自粛せざるを得ないアーティスト』の『発表できなかった活動』が対象となっている。金額規模こそ現時点での自治体の施策のなかではもっとも大きく、また対象者は1年以上活動しているプロのアーティスト(伝統芸能含む)からスタッフ等と一見して広いが、一件あたりの金額や規模を考えると、現実的には、既に新型コロナウイルス拡大の影響で活動を停止しているライブ・パフォーマンス系の芸術活動が恩恵を受けやすいだろう。現時点ではある意味合理的かもしれないが、しかしパンデミックが続けば困窮を受ける芸術活動はもっと増えてくるはず。次の制作に向けた準備制作などが対象に含まれ得るのか、明確でない点もやや気になる」。

都は実態調査や中長期的な支援を

 新型コロナウイルスの影響が長期化するとすれば、行政は継続的に支援策を打ち出すことも必須だ。

 ケイスリー・落合は3つの提言を掲げる。「ひとつは、セーフティネットを広げること。主に芸術文化活動に係る収入により生計を維持し、一早く申し込め、コンテンツ制作が可能な人のみを支援するのではなく、芸術文化活動を支えるすべての人を支援する試みを期待したい。例えば、相談窓口などオープンな対話の場を開いてほしい」。

 「二つ目は、金銭的支援だけでない能力開発などの支援を求めたい。例えば韓国文化体育観光部の策では、オンライン教育のプログラム案200件に企画書のみで9万円相当を支給、内10件の優秀な案に専門家がコンサルティングをして具体化、約90万円を支給する予定である(北海道教育大学閔鎭京准教授提供)。こうした支援は能力開発につながり、長期的に効果的なはずである。三つ目は全体調整、統括の役割である。民間でも複数クラウドファンディング等が起きている。どの分野で何が必要なのか、専門家と協働した交通整理・最適配分を目指していただきたい」。

 交通整理と最適配分については、Arts and Law・作田も同意を見せる。「今回はスピード勝負というところがあったため、これらはやむを得ないかもしれないが、今後の追加施策においては、海外を含む他の自治体の例も参考にしつつ、自治体としての明確なメッセージと合わせ、様々な主体とパートナーシップを組んで多様なプログラムを打ち出すべきだろう。英国など海外でもオンライン発信支援の助成等は行われているが、同時に、行政とパートナーシップを結んだ様々な団体が、影響の調査や奨学金的な助成などを並行して行っている。とくに、これまで職業人・事業者としてのアーティストの実態は正確に把握されてこなかったのが実情だが、今回を期に、東京都に限らず自治体はアーティストの声を含む実態調査に本格的に乗り出すべきだろう」。

 都も、あくまでこの支援事業は「第1弾」だという認識を示す。新型コロナウイルスの収束が見えないなか、多くのアーティストを抱える東京都には、今後のレガシーとなるような支援策の策定が求められるだろう。