はじめにお断りしておかなければならないことは、記事には、それなりの数の法律専門用語が登場するため、まったくあるいはほとんど法律の知識がない方にとっては多少読みにくい箇所が出てくるということである。
筆者としては、そのような方々にこそぜひとも読んでいただきたいと考え、できるかぎりわかりやすく記事を書いたつもりではあるが、事柄の性格上、わかりやすくするにも限界があり(より長文になってしまうこともあり)、また、平易さを優先するあまり正確性を犠牲するというわけにもいかない。そのため、多少の難しさ、堅苦しさを感じる部分がどうしてもあるかもしれない。とはいえ、現段階では、愛知県の争い方などについての詳しい解説が報道されていないと思われるので、専門的過ぎると感じる部分や判例の年月日、「細かい話ではあるが......」などと書かれている部分等は適宜読み飛ばしていただき、最後までご一読いただければ幸いある。
もちろん、法律の知識がある程度ある方や、記者の方、弁護士等の法律の専門家の方々にもお読みいただき、ご意見等をいただければと考えている。
目次
- 今回の補助金不交付問題の事実の概要について確認
- 補助金不交付決定の争い方として、行政(文化庁)自身による再考を促す方法(行政救済)としての「不服申出」の説明
- 裁判所による救済(司法救済)としての「取消訴訟」(・申請型義務付け訴訟)と「国賠訴訟」の説明
- 今後の訴訟等で問題となる補助金不交付決定の違法性(違法か、それとも適法か)についての論点・争点についての整理
1. 補助金不交付決定の概要
愛知県で開催された「表現の不自由展・その後」の企画展を含む国際芸術祭(国際現代美術展開催事業)「あいちトリエンナーレ2019」は、一度は脅迫や抗議により同企画展が中止に追い込まれたが、10月8日、安全・セキュリティー対策を施したうえで再開され、同月14日に75日間の会期を終え、閉幕した。
愛知県のウェブサイトで公表されているあいちトリエンナーレ検証委員会による2019年9月25日付け「中間報告」の別冊資料1「データ・図表集」55頁等によると、展示に関して肯定的な意見も多数あったいっぽうで、とくに同芸術祭における企画展「表現の不自由展・その後」の展示物の内容に関して、「反日展示会という感想」を抱くなど強い不快感等を示すなど否定的な意見も多数見られた。
9月25日、同芸術祭実行委員会の会長である大村秀章愛知県知事は、10月14日までの会期中に「表現の不自由展・その後」の展示再開を目指す考えを示した。
その翌日(26日)、同芸術祭につき、萩生田光一文部科学相は、すでに「採択」が決まっていた補助金約7800万円の全額を交付しないと発表した。萩生田文科相は、展示の内容をみて不交付を決めたのではなく、申請に関する不備があったからである旨述べている。
文化庁も、同日付けで、文化資源活用推進事業の補助金審査をした結果、補助金適正化法6条等に基づき、全額不交付とすることとしたことを公表した。全額不交付とした理由のひとつとして、補助金申請者である愛知県が、展覧会の開催に当たり、来場者を含め展示会場の安全や事業の円滑な運営を脅かすような重大な事実を認識していたにもかかわらず、それらの事実を文化庁から問合せを受けるまで文化庁に申告しなかったことにより、[1]実現可能な内容になっているか、[2]事業の継続が見込まれるか、の2点の適正な審査を行えなかったことを挙げている。
2. 補助金不交付決定の争い方・その1(行政救済/不服申出)
一般的に、補助金の交付の申請を拒否された、すなわち不交付とされる決定を受けた者は、その不交付とされた者を誰が救済するかという観点から分類すると、行政自身による再考を促すことで行政による救済を受ける方法(行政救済)と、行政とは別の裁判所による救済を受ける方法(司法救済)の2つがある。
後者は第三者機関である裁判所を利用した訴訟であるため、法学部等で法律を学んだことがないという方でも知っていたり、多少のイメージを持っていたりするものかもしれないが、前者は、聞いたことがなかったという読者の方もいるのではないだろうか。
「行政救済」は、行政自身(今回の補助金不交付の件でいうと文化庁)に考え直してもらい、再度補助金の不交付決定のような拒否処分を取り消してもらえないか検討させることで、最終的には申請の許可等(本件でいうと補助金の交付)を促すという救済方法である。自治体ではなく私人(一般の市民)が国側に対して行政救済を求めるという場合には、行政不服申立て(本件の場合そのうちの審査請求)という手段によることになる(行政不服審査法1条1項、2条)。
今回のケースのように、愛知県のような自治体が国(文化庁)側に対して同様に再考を促す場合には、不服申出(不服の申出)という手段が法律で定められている(補助金適正化法25条1項)。この不服申出は、上記不服申立ての特例であると考えられているため(*1)、愛知県のような自治体は、不服申立て(審査請求)を用いることはできず、不服申出による行政救済を求めることになる。
不服申出があった場合、補助金等の交付行政庁の長(今回の件では文化庁長官)は、不服を申し出た者(今回の件では愛知県)に意見を述べる機会を与えたうえ、必要な措置をとらなければならないとされている(補助金適正化法25条2項)。ここでいう必要な措置とは、不服申出が不適法であるとして却下するか、不服申出の理由が「理由がない」として棄却するか、あるいは「理由がある」として不服申出を認容し、原処分を取り消す等の裁決を行うことを意味する(*2)。
なお不服申立ては、行政処分等が違法か適法かという点のほかに、その不当・妥当についても審査するものである。例えば、補助金不交付のような行政処分が違法ではなく不当である場合でも、その行政処分が取り消されることになるため、違法・適法の点しか審査されない訴訟よりも審査の範囲が広く、この点が一般的には不服申立て(行政救済)のメリットとされている。
しかし、実際には不当の審査がなされる例は少なく(*3)、また、公平性・公正性は訴訟よりも劣ると考えられていることから、訴訟を提起するため大前提となっていない場合には、あえて不服申立てを利用せず、いきなり訴訟を提起する方針を採る弁護士(市民)も少なくないように思われ、このことは、不服申出にも同様に妥当するものといえる。
おそらく、このような観点から大村知事としては、行政救済としての不服申出で争うことには消極的であり、司法救済としての訴訟だけで争う旨を述べたのではなかろうか。
ちなみに大村知事は当初、不交付となる場合には国と地方の争いを審査する総務省の第三者機関である「国地方係争処理委員会」での審査を申し出る考えを示していた(*4)。しかしその後、「時間がかかる」として、不交付決定の取り消しを求めて国を提訴する考えを明らかにした(*5)。
大村知事が当初言及していた国地方係争処理委員会での審査は、今回の補助金不交付の件ではそもそも利用することができないものとされていることから(*6)、行政救済は同委員会の審査によるものではなく、不服申出によることになる。