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INSIGHT - 2018.5.6

コレクティブはなぜ必要か?
梅津庸一×梅沢和木×松下徹が語った、「アート・コレクティブ」特集トークレポート

5月1日、銀座蔦屋書店(東京)にて、『美術手帖』4・5月合併号「アート・コレクティブ」特集の関連トークが開催された。梅津庸一(パープルーム)、梅沢和木(カオス*ラウンジ)、松下徹(SIDE CORE)が登壇したイベントの様子をレポート。

トークの様子。左から松下徹、梅沢和木、梅津庸一

 集団で活動するアーティストたちに焦点を当てた、発売中の『美術手帖』4・5月合併号「アート・コレクティブ」特集。ともに制作を行うグループや、スペースをシェアするコミュニティなど、複雑化するアートシーンで拡大、多様化を続ける、様々な「アート・コレクティブ」を紹介した。

 今回のトークイベントには、パープルーム、カオス*ラウンジ、SIDE COREにそれぞれ参加しながら、個人でも活動する梅津庸一、梅沢和木、松下徹の3名が登壇。集団と個人での制作スタンスの違いや、コレクティブとして活動するなかで抱く実感などを、座談会形式でざっくばらんに語り合った。

コレクティブでの活動にたどり着いた背景

 トークは3人の活動紹介からスタート。松下は、ストリートカルチャーに影響を受け、アーティストとして活動しながら、SIDE COREのメンバーとして展覧会企画なども手がける。ストリートでのプロジェクトは、匿名性が重要であり、時にはリスクも伴う。そういった背景から、集団での活動が自由を担保する手段になっていると話した。

 キャラクターをテーマにデジタルとアナログが混在する作品を手がける梅沢は、ギャラリーのほか、黒瀬陽平が代表を務めるカオス*ラウンジに所属。様々なバックグラウンドを持つ人が入り乱れるカオス*ラウンジの展覧会やイベントは、双方向性が特徴的だとし、個人で作品を発表するときとはまた異なる姿勢で制作していると語った。

 今回の司会進行を務めた梅津は、美術予備校・パープルームを主宰。アーティストとして生きていくうえで、自ら「ミニアートワールド」を築く必要性を感じ、コレクティブでの活動の仕方を模索してきたと言い、パープルーム設立以前にサラリーマンらとともに活動した経験談も披露した。

トークの様子

「戦略」としてのコレクティブの歴史と現在

 3人が参加するのは、集団で作品をつくるのではなく、個々に制作を行うアーティストが集まり、ムーブメントを起こそうとするコレクティブ。松下は、それぞれのコレクティブが、アートワールドにとどまらない「外部」と接続するために機能していると指摘した。さらに話題は、特集内に掲載された、宇川直宏×黒瀬陽平×SIDE COREの座談会「コレクティブはどこへ向かうのか?」にも。アートバブルが崩壊し「個人でギャラリーに所属し、作品を販売することがゴールではなくなった」現在の美術界の状況を分析しながら、様々な角度から、現代におけるアート・コレクティブの意義が語られた。

 梅沢は、歴史的に見るとコレクティブの隆盛には「波」があり、そこにはマーケットの状況も関わっていると指摘。そのうえで、自身も個人とコレクティブという複数の活動基盤を持つことで、より自由で幅広い表現を行うことができていると意見を述べた。梅津はそれを受け、印象派やナビ派などを例に挙げ、あるコミュニティが組織され、そこから個人の存在が立ち上がっていく構造は、美術史上では普遍的なものであると主張。集団は個人と対立するものとして出現するのではなく、表現が生まれるうえで必然的な仕組みであるという論を展開した。

 いっぽう松下は、表現のあり方は社会制度によって規定されるものであり、時代や場所に則した方法論を探る必要があるという観点から、現代においてストリートで表現する際には、集団活動がひとつの戦略となると話した。お互いの発言に鋭い突っ込みを入れる場面もあり、梅津がパープルーム予備校での日常のやりとりを再現したりと笑いも交えた、濃い内容の90分。それぞれの活動に根ざした、三者三様のコレクティブ観が再確認された。

 梅津は現在URANO(東京)で、コミュニティについて考察する展覧会「共同体について」を開催中。梅沢とSIDE COREも今夏までにそれぞれ展覧会を予定しており、今後の活動にも注目が集まる。

『美術手帖』4・5月合併号「アート・コレクティブ」特集は、現在発売中。梅津がパープルームの設立背景や運営について語ったインタビュー、DOMMUNEの宇川直宏とカオス*ラウンジ代表の黒瀬陽平、SIDE COREが参加した座談会も収録。ぜひあわせてチェックしたい。