スイス・ボルゴノーヴォに生まれフランスで活躍した、20世紀ヨーロッパにおけるもっとも重要な彫刻家の一人、アルベルト・ジャコメッティ(1901〜1966)。そのジャコメッティの、日本では10年ぶりとなる大回顧展が6月14日から国立新美術館で開催される。
オセアニアの彫刻や、キュビズム、そしてシュルレアリスムなど、同時代に起こった様々な動向を吸収したジャコメッティは、1935年から身体を線のように長く引き伸ばした独自のスタイルを生み出し、その造形はジャコメッティの代名詞となっている。
本展に並ぶのは、パリとチューリッヒのジャコメッティ財団と並び、世界3大ジャコメッティ・コレクションとして知られるマグリット&エメ・マーグ財団美術館(ニース)から来日した多数の作品。シュルレアリスムなどに影響を受けた第二次世界大戦前の歩みから、わずか数センチの小さな作品、上述の細長く引き伸ばされた人物像まで、それぞれの活動時期を代表する作品約130点(デッサン含む)が展示されている。
本展担当学芸員の長屋光枝(国立新美術館学芸課長)はジャコメッティを「遠くのものは小さく、近くのものは大きくといった、見えるものを見えるままに対象を表現するという、困難な課題に生涯を賭けて挑んだ作家」と評する。そんな「ジャコメッティ展」で、もっとも注目すべき作品は、チェース・マンハッタン銀行の依頼で1960年に制作された大作《歩く男Ⅰ》、《大きな女性立像Ⅱ》《大きな頭部》の3作だろう。
これらの作品は、同銀行の広場に展示するために制作されたが、それがかなうことはなかった。この3点が日本で揃って展示されることは珍しく、晩年のジャコメッティによる壮大なスケールを感じとることができる貴重な機会だ。それぞれの作品は巨大で、なかでも《大きな女性立像Ⅱ》(1960)の高さは2.76メートルと、文字通り仰ぎ見るような存在感をたたえている。
その独特のフォルムで多くの人々を魅了するジャコメッティ。このアーティストの魅力について、マグリット&エメ・マーグ財団美術館のオリヴィエ・キャプラン館長はこう語る。
「たとえば《歩く男Ⅰ》を見ると、非常に儚く、もろい人間というものを感じると思います。しかし、その儚さに押し潰されない力強さ、躍動感もある。土を手で練った様子など、物質的なものを感じますが、それとともに、空間の中に1本の線のように存在しており、精神性も感じます。私たちは、この時代を超えた、精神性の豊かさに対して憧れを感じるのではないでしょうか。私たちは誰しも自分の生きている時代に縛られていますし、人生は限られています。そこを超える、時を超えるような運命をこの作品はもたらしてくれる」。
この《歩く男Ⅰ》に限らず、キャプラン館長が語るように、ジャコメッティがもたらす人間の儚さと強さを、会場全体から感じることができる。人間の存在と対峙しようとした、20世紀最大の彫刻家・ジャコメッティ。その軌跡をお見逃しなく。