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2018年以来恒例となっている「ARTISTS' FAIR KYOTO」(AFK)が2025年も開催される。アーティスト主導で展開される稀有なフェアは、アーティスト・オーディエンスの双方にとって、どんな魅力や効用があるのか。アドバイザリーボードとして展示と若手アーティスト推薦を担当する田村友一郎と、AFK2024に参加し「マイナビ ART AWARD」最優秀賞を受賞した志賀耕太に語り合ってもらった。
京都のアートフェアに「東京の風」を吹かせたい
田村友一郎(以下、田村) 僕は2023年からAFKのアドバイザリーボードを務めており、2024年の推薦アーティストとして志賀さんを指名しました。志賀さんの作品に出合ったのは「やまなしメディア芸術アワード2022」の審査員をしていたときのこと。応募作のなかに志賀さんの作品を見つけ、いいなと思って推したのですが、僕の力不足で受賞までには至りませんでした。そこはかとないセンスと遊び心があって、ほかの応募作とはまったく違うものに見えた。強く印象に残っていたので、捲土重来じゃないですけど、AFKに参加しませんかとお誘いしました。
志賀耕太(以下、志賀) 田村さんに連絡をいただいてすごく嬉しかったと同時に、最初はためらう気持ちもありました。東京をベースに活動している自分が京都のフェアでやれることはあるのかと思いましたし、作風的に自分はアートフェア向きじゃない気がしていて、場にふさわしい作品がつくれるかどうかわからなかった。そんな正直な気持ちを田村さんにぶつけてみたのですが……。
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田村 いやぜひAFKに東京の風を吹かせてください、と返事をしました。
志賀 その言葉に背中を押されて、やってみようという決心がつきました。
田村 むしろ僕のほうですね、アートフェア向きの作風じゃなく、AFKが注力している作品の販売についてもあまり強いわけじゃないのは(笑)。それでもアドバイザリーボードにとの声がかかったのは、京都と強い結びつきのある人以外も入れることによって、AFKとして間口を広くしようという意図があるのだと推察します。ならばこちらとしても、役割を全うしようという気持ちでやっています。
志賀 いったん参加すると決めたら、さほど迷うことなく制作へ入っていけました。出品作《SPIRAL JETTY MONJA》は構想としては以前からあって、写真作品としてすでに一度つくっていたもの。それをインスタレーションとして展開することにしました。もんじゃは東京発祥であり、いっぽうで粉もの文化はお好み焼きやたこ焼きとして大阪でも独自の広がりがあって……などと、文脈をつけていくことはいろいろできそうだとの予想も立ちました。「スパイラル・ジェッティ」とはもちろん、ロバート・スミッソンのランドアートのこと。スミッソンのことを調べていくと、彼は自作フィルムで劇作家サミュエル・ベケットのテキストを引用しています。田村さんはベケットの戯曲『エンドゲーム』をもとに、作品《栄光と終焉、もしくはその終演 / End Game》をつくっていますよね。僕の展示は田村さんに宛ててつくればいいんだと思いつき、そこからは考えがすっとまとまっていきました。
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撮影=顧剣亨
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田村 作品の構想は志賀さんからメールで伝えてもらっていました。内容について申し分なかったのですが、ひとつだけアドバイスしたのは、フェアなので“売りもの”はあったほうがいいということ。「もんじゃなのだからヘラを売ってみてはどうだろう? キラキラするものは売りやすいし」と提案しました。
志賀 それを聞いて、なるほど! と思い、京都へ発つ前に急いで道具街でヘラを仕入れていきました(笑)。
田村 でも会場で顔を合わせたときに聞いたら、「ヘラが一個も売れてないです」と。 ちょっと責任を感じて、最初の一本は僕が買いました(笑)。展示自体はレイヤーが幾重にもあって、個人的にも大変楽しめるものでした。
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撮影=顧剣亨
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志賀 作品内にロバート・スミッソンの物語や芸術の歴史、僕個人の出自など、いろんな要素を織り込んでいくことができて、自分としては“きれいなホームラン”を打てた実感がありました。結果、フェア内で実施された「マイナビ ART AWARD」で最優秀賞をいただくことができました。自分もアートマーケットではウケなさそうなタイプだと自覚していますが、そんな作家でも評価してもらえたのはありがたいことです。その後に開かれた授賞式も楽しかった。美術業界の人だけで閉じてしまう雰囲気じゃなくて、地域ぐるみでアートのお祭りを盛り上げようという意思が感じられました。
田村 高揚感ある雰囲気を生み出したり、開かれた場をつくる演出は大切ですね。AFKはそのあたり、かなり気を配って運営していると感じられます。
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「マイナビ ART AWARD」最優秀賞から個展開催へ
志賀 「マイナビ ART AWARD」最優秀賞受賞の副賞として、2024年10月から2025年1月まで、MYNAVI ART SQUARE(MASQ)で個展「SIDE GAME」を開くことができました。AFKで《SPIRAL JETTY MONJA》を評価していただいてからは、美術の世界における自分の立ち位置をちゃんと考えようという意識が芽生えたので、個展は自分の手法をしっかり打ち出して、ステップアップできるものにしたかった。そこで、自分がこれまで扱ってきた「遊び」という題材について、振り返る作品をつくることにしました。
田村 個展は「志賀耕太節」がよく効いたものになっていました。作品内の映像に本人が出てくるあたり、役者の役割も担う意識があるのでしょうか?
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志賀 自ら出演して自分で責任を被れば、ある程度自由にふざけられていいかなと思っています。僕の作品では「おふざけ」が大事な要素になると考えているので。美術の文脈でいうユーモアは、社会批評につながっているかどうかが重視されますが、もうちょっと破壊的・虚無的なおふざけを僕は目指したい。ダダやフルクサスのようにふざけて、その虚無性をテクスチャーのなかに押し込めることを実践しているつもりです。じゃあどんな方向にふざけるのかといえば、僕の場合いろんな文脈を過剰につなぎまくっていくことが多い。異様につながった文脈を閉じた一個の映像空間に落とし込むことで、固定化した現代美術の文脈ゲームを撹乱させたり、陰謀論的な考察を超えていけるんじゃないか。そう考えて、神宮球場の成り立ちを追った《ステートサイド・ゲーム》と、ビリヤードやバドミントンが日本に伝わった歴史を独自に解釈し直した《鎖国兵器》を展示しました。
田村 展示を観ると、しっかりふざけられているなと感じます。虚無の奥にある「想い」まで感じられるのもよかった。「そんなに真面目に考えていないよ」というポーズをとりながら、一周まわって社会批評としても成立させようとしているところが、志賀作品のポイントになっている気がします。
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志賀 作品をつくる過程で、自分の精神状態や社会的事象に対する向き合い方を、いちいち確認したり理解しているように自分では感じています。田村さんは作品づくりを通して、自分の内側にある傾向を分析したりするものですか?
田村 いえ、僕は基本的には「手癖」に任せているだけです。ひとりの人間のやることや考えに、それほど大きい幅はないと思うので。ただ、水戸芸術館現代美術ギャラリーでの個展「田村友一郎 ATM」(2024年11月~2025年1月)では、自分というものの枠を考え直す試みをしてみたところ、色々発見がありました。自作のテキストを素材にして、自分自身を断片化したのちに機械で再構成してみると、自分とはまったく別の人格が出現して驚いた。もとの「田村」という存在の視点や考えは限りなく消えて、漂白されていくのはおもしろかったです。志賀さんもこれから制作していくたび、自分というものの配合率をどうしていくか、いろいろ逡巡していくのかもしれません。
志賀 自分をどのように、どれくらい作品内に配分していくか、ナラティブの構造をその都度考えていくことになるのだと思います。「SIDE GAME」展は思い切ったことができるいい機会で、これからの活動の起点となりそうです。会場だったMYNAVI ART SQUAREは、東銀座にあるビルの22階という通常のギャラリーでは考えられないようなロケーションで、東京という大きな社会の一角で展示をするんだという意識が持つことができて、やる気が湧きました。特殊な場所だけに搬入・搬出は大変でしたが、ギャラリーの方が親身に作品と向き合ってくださり、広報も含めて全面的にバックアップしていただけたので、自分の実力以上の発信ができたと感じています。
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来場者との距離の近さがうれしい
志賀 展示環境でいえばAFKでの展示も、いわゆるギャラリー空間とは異なります。僕は京都新聞ビルの地下で展示しましたが、インストーラーの方がしっかりついてくれたので、最終的に、工場の空間ともんじゃの鉄板が絡み合う面白い空間ができました。アドバイザリーボードの方々の展示環境も毎年変化して、大変そうですね。
田村 例年京都らしいところが会場になっていて、前回は清水寺、その前は渉成園の茶室でした。クセが強い場所なのはたしかですが、僕の場合そんなに思い悩むことはなく、それも条件のひとつとして受け入れています。むしろクセが強いほうが、何かしら取っ掛かりがあって考えやすいかもしれません。
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志賀 展示場所のみならず、作品内での場所性については、田村さんはどう考えていらっしゃいますか? 僕は東京の多摩ニュータウンという歴史性が希薄な土地で生まれ育ったので、ほかのどんな場所へ行ってもその土地のことをなんとなく吸収してしまうのですが、いざ作品に取り込もうとすると、自分のよく知る土地に何らかのかたちでつなげないとうまく扱えません。自分ごとにできるところを探っていって、糸口が見つかればようやく作品にしていける感じです。
田村 僕の場合は、自分ごとに引きつけようとは一切しません。 そもそも「自分ごと」という意識があまりないというか、向き合う自分がないと言いますか。制作というのは舞い込んだオーダーの意図を汲み取り、それに応え、役割を果たしていくものと考えています。とはいえつくっているうちに、自分のクセみたいなものはどうしようもなく出てくるので、それを自分の作品のしるしとしていく、といったところでしょうか。
志賀 僕としては、自分の人生における物語を作品に組み込まないと、モチベーションが生まれないなという気持ちがあります。たとえば「SIDE GAME」展に出した《鎖国兵器》では、ビリヤードやバドミントンが日本に伝わったのは史実からすれば出島であるところを、いま実家のある湘南だったことにして、自分ごとに引きつけています。先ほどの「自分の配合率」の話と重なりますが、自分の内面性を作品の要素として入れながらでないと、いまのところつくれないんです。
田村 仕事としてやる、という僕のスタンスでいくと、モチベーションはなくてかまわないということになります。とはいえもちろんつくり始めると楽しい部分があったり、乗り越えるべき障壁が出てくるので、それをどうやって解決していくかを、他力に頼りながら試行錯誤していきます。そのように制作していくうえでは、いま僕が拠点にしている京都は大変やりやすい。美大出身の作家兼テクニシャンが狭い地域にたくさん集まっているので、制作の協力を依頼しやすくて、クオリティも担保できます。僕は京都の力を借りることで、作品をつくることができているのだとも言えますね。
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志賀 今年のAFKにも、田村さんはアドバイザリーボードとして参加していらっしゃいます。どんな展示が見られますか?
田村 今回のアドバイザリーボードの展示会場は東福寺です。鎌倉時代の創建で、奈良の東大寺と興福寺から一文字ずつとって名付けられたとのこと。京都の他の寺とはひと味違った豪胆さがありますから、ゆっくり見て回っていただくといいかと思います。何もツアーガイドをするつもりはありませんが、AFKに来ると作品に触れるだけじゃなく、京都のお寺を巡ったりおいしいものを食べたりと、いろんな楽しみが付随してきます。それらも含めてAFKの魅力だと言っていいでしょう。仮に作品にピンとこなくても、観光で挽回できますから、気軽に足を運んでいただきたいです。志賀さんからは、前回参加した経験を踏まえて、AFKの楽しみ方はありますか?
志賀 アーティスト同士はジャンルや拠点が違ったりすると、なかなか交流の機会がないものです。AFKは若手が集まり交流できる貴重な機会で、参加アーティスト側は大いに楽しんでやっています。僕が参加したときも、たくさん横のつながりができました。来場者の方も、そうした雰囲気にどんどん巻き込まれていただければと思います。今回自分は、もんじゃのヘラ売りの行商を演じているような気持ちで参加でき、マーケットと自分の向き合い方、関わりについて考えるきっかけとなり非常に勉強になりました。会場ではアーティストみずから、作品の前に立って解説や販売をしているので、声をかけてくださるとこちらとしても嬉しいかぎりです。
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8回目の開催となる今年の「ARTISTS' FAIR KYOTO 2025」もディレクター・椿昇のもと、「Singularity of Art(シンギュラリティ オブ アート)」をコンセプトに開催。若手アーティストを推薦するアーティスト「アドバイザリーボード」には、アメリカを拠点にグローバルに活躍するオサム・ジェームス・中川や国際的芸術祭での経験を重ねる津田道子、2023年に国立新美術館の大型個展で話題を呼んだ大巻伸嗣の初参加が決定。加えて加藤泉、名和晃平、ヤノベケンジら国際的な視座を持つアーティスト16組が名を連ねる。
メイン会場は、前回初会場となった京都国立博物館 明治古都館と例年インダストリアルな空間で作品を演出する京都新聞ビル 地下1階。アドバイザリーボード展会場は観光名所である臨済宗大本山 東福寺。またサテライト会場として、品川美香個展「その鳥の名前は知らなくても」(京都 蔦屋書店 6F アートウォール)をはじめとする様々な展示が展開されるので、こちらもあわせてチェックしてほしい。
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