池上裕子 著 『越境と覇権 ロバート・ラウシェンバーグと戦後アメリカ美術の世界的台頭』 アーティストの「越境」を検証
第二次世界大戦以降、美術の中心地はパリからニューヨークへと移った。1964年のヴェネチア・ビエンナーレにおけるロバート・ラウシェンバーグのグランプリ受賞は、戦後アメリカ美術の台頭を象徴する出来事のひとつである。これは、美術史においてもはや定説といってよい見方だが、著者はこのような地政学的転換の背景で、具体的に何があったのかをはじめに問いかける。
ラウシェンバーグは世界各地を巡って現地の美術界と協働し、ときには「美術」というジャンルも横断して活動した「越境」のアーティストだった。特に注目すべきは、マース・カニングハム・ダンスカンパニーの美術監督として世界ツアーに参加した経験だ。1960年代に活発になるラウシェンバーグの移動は、アメリカ美術が覇権を確立した経緯とどのように関係しているのか。本書は、ツアー先であるパリ、ヴェネチア、ストックホルム、東京という4都市を舞台に、ラウシェンバーグとアメリカ美術が受容されていく様相を、摩擦や軋轢も含めて丁寧に読み解いた一大研究の成果である。
主役はもちろんラウシェンバーグだが、美術関係者らのネットワークも重要だ。パリにおいては画商イリアナ・ソナベントがラウシェンバーグの庇護者となり、ヨーロッパの他都市の美術館・画廊と連携する市場戦略でフランス発のアメリカ美術紹介を押し進めた。ヴェネチアではアメリカ館コミッショナーのアラン・ソロモンがグランプリ獲得の立て役者として奔走する。ストックホルムではモデルナ・ミュジートの館長ポントゥス・フルテンがラウシェンバーグの《モノグラム》をコレクションに加えてアメリカ美術の紹介に努めるも、アメリカの帝国主義的な侵入に対する自国の拒否反応も引き起こした。
最後は東京。草月会館ホールにおける伝説的なラウシェンバーグの公開制作、また篠原有司男ら日本人作家がアメリカ美術から受けたインスピレーションに触れ、「越境」が制作主体にもたらす作用を日本側からの眼差しも加えて検証したところで本書の長い旅は締め括られる。
本書は2010年にMITプレスからアメリカで刊行された書籍の日本語版である。一読すれば、資料の精査、関係者への聞き取り調査に多大な労力がかけられており、著者自身も「移動」と「越境」を重ねてきたことが即座にわかる。国際的な視野をもった「世界美術史」を切り拓く、指針のような一冊である。