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櫛野展正連載25:アウトサイドの隣人たち たちあがれミューズ

ヤンキー文化や死刑囚による絵画など、美術の「正史」から外れた表現活動を取り上げる展覧会を扱ってきたアウトサイダー・キュレーター、櫛野展正。2016年4月にギャラリー兼イベントスペース「クシノテラス」を立ち上げ、「表現の根源に迫る」人間たちを紹介する活動を続けている。彼がアウトサイドな表現者たちに取材し、その内面に迫る連載。第25回は、日本神話における性器のシンボリズムを研究する文学研究者・深沢佳那子を紹介する。

「どんつく祭り」を訪れた深沢佳那子

 「黒々としてかっこいいですよね」。

舞台上に映し出される性器崇拝祭りの「男根」写真に、彼女はそう言い放った。「いやぁ、本当かっこいい」。心からの叫びだろう。容姿端麗な女性の口から出る言葉とのギャップに会場はどよめいた。先日、東京・渋谷で開催した僕のトークライブでの出来事だ。そこで初めて出会ったのが、深沢佳那子(ふかざわ・かなこ)さんだった。

 それまで彼女はSNS上でペンネームを名乗り、ひっそりと活動してきた。それが、静岡県の伊豆稲取で50年以上にわたって開催されてきた奇祭「どんつく祭り」が今年で終了するのでは、というニュースが報じられると、新しくブログを立ち上げ、本名を公開し、ひとりで広報活動を始めた。ようやく浮上してきた彼女は、学習院大学で日本神話を研究する文学研究者としての顔を持つ。

男根がモチーフとなったお守り

 1989年生まれの深沢さんは、2人姉妹の長女として群馬県高崎市で生まれた。小さい頃は、当時流行していた「モーニング娘。」などに興味を抱くこともなく、歴史や民俗学が好きな子供だったという。

 「高校生のときは、いわゆる『歴女』や『仏像ガール』だったんです。いろいろなお寺などを巡っていたんですが、ちょうど飽きてきたときに『男根』と出会いました」

きっかけとなったのは、近所の人が中身を知らずにくれた余り物のお菓子。箱を開けると、男根型のクッキーが入っていた。以前から存在だけは知っていたものの、男性器を模したその形に「こんなのあるんだ」と目が輝いた。

 日本文化を学ぶために入学した大学の授業で、日本神話に興味を抱いた。卒業論文は、一寸法師のモデルになったとも言われている少彦名命(すくなびこなのみこと)を研究。引き続き研究を続けるため大学院に進学したものの、新しい指導教授とのコミュニケーション不足や研究の行き詰まりにより、一時は退学も視野に入れていたという。修士論文のテーマを提出する際に、「もう、どうせなら好きなことを研究しよう」と脳裏に浮かんだのが、性器崇拝だったそうだ。『記紀神話における性器の描写』というテーマで研究を進める旨を申し出たところ、そのとき初めて担当教官に呼び止められ、「変更したほうがいいのでは」と助言された。彼女にとっては、そうした逆風が刺激となり、修士論文「記紀神話における性器の描写 : 描かれたホトと描かれなかったハゼ」を書き上げた。現在は博士課程に進学し、日本神話における性器のシンボリズムについて上代の文献研究を続ける毎日だ。

 そんな彼女が、性器崇拝の実態を探るべく続けているのが、日本各地で存続されている性器崇拝の祭りを巡ることだ。幼少期に参加した地元の祭りで疎外感を感じて以来、敬遠していた祭りだったが、3年前に何気なく訪れた「どんつく祭り」でその意識は反転した。たんなるイベントではなく、その地域の子供からお年寄りまでが一緒になって祭りに携わっていく姿から、地域コミュニティの力を感じ取ったようだ。たしかに現在は、過疎化や担い手の高齢化のため、本来は神を祀る目的だったはずなのに、地域振興が優先されたがためにイベント化してしまった祭りが増加していることは事実だ。幸い、3000人が参加した「どんつく祭り」は終了ではなく充電期間と報じられたことで、深沢さんはそっと胸をなで下ろしている。

深沢佳那子と、深沢が各地の祭りで入手したグッズ

 こうした性器崇拝祭りを「奇なるもの」として消費するのではなく、研究者としての視点から真摯に日本の文化として存続しようと広報している彼女の姿には心打たれてしまう。そして、とくに好きな性器崇拝祭りは、新潟県魚沼市小出地区で毎年6月30日に開催される奇祭「しねり弁天たたき地蔵」だと教えてくれた。江戸時代中期から始まったとされるこの風習は、「しねり弁天」と声をかけて、男性は女性をしねり(つねる)、女性はお礼の意味を込めて男性の背中を「たたき地蔵」と声をかけて叩き返す。性器崇拝というツールを通じて男女が交わるそのプリミティブな雰囲気に魅了されたようだ。これまでに20箇所以上の性器崇拝祭りを巡ってきた彼女だが、「新婚男性に冷水を浴びせて祝福する『雪中花水祝』(新潟県魚沼市)は初心者にもオススメなんですが、祭りが開催される日がバッティングしていることが多くて、それが一番困ります」と笑う。

深沢が制作した2018年の賀状

 ところで、「これは凄い」と僕が唸ってしまったのが、彼女が9歳からつくり続けている家族の年賀状だ。ひとくちに年賀状といっても、そのクオリティが尋常ではない。戌年ということで劇団四季のミュージカル『CATS』を『DOGS』とパロディ化した今年の年賀状は、白塗りにした家族4人の顔を撮影し、それをペンタブと画像編集ソフト「Photoshop Elements」を使って人物の上から彩色を施す独自の方法で作成した。

 その前年は、「手抜きをしました」と謙遜する古代エジプトの壁画を模した年賀状もすべて彼女の手によるもので、その画力には驚かされる。さらに、背後に見える象形文字ヒエログリフは、解読すると新年の挨拶文になっているというから、かなりのこだわりようだ。中学生のときに買ってもらったペンタブとパソコンに最初から付属してあった「Photoshop Elements」をバージョンアップしてずっと使い続けているというだけでも面白いが、それにも増して毎年家族がさまざまなポーズで協力している姿はどこか滑稽だ。「できるだけ描きやすいように裸に近いかたちで撮影するんですけど、恒例行事というか、うちでは当たり前のことなので誰も文句も言いませんね」と語る。

古代エジプトの壁画を模した、2017年の年賀状

 振り返ってみると、祭りや信仰、地域性に家族団欒、そして年賀状という新年を祝う儀式、これらは古き良き日本の文化に直結している。「私って計画性がないんですよね」。お話をうかがうなかで、彼女はこの言葉を何度も口にしていたが、言い換えればそれは自らの直感に従って生きているということだ。そんな彼女の行動力が、近い将来、前近代的な文化の普及と維持に少しでも貢献することを僕は期待してやまない。 

編集部

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