中条あやみがポーラ美術館で
見出したアートの多様な楽しみ方

現在、箱根のポーラ美術館では過去最大規模となる企画展「ポーラ美術館開館20周年記念展 モネからリヒターへ ― 新収蔵作品を中心に」が開催中だ。タイトルにある通り、従来のコレクションの代表作に新収蔵作品を加えたこの豪華な展覧会を、女優・モデルとして活躍する中条あやみと訪ねた。案内役は本展を担当したキュレーターのひとりであるポーラ美術館学芸員・工藤弘二。

文=中島良平 撮影=マチェイ・クーチャ スタイリング=上田リサ ヘアメイク=横山雷志郎 衣装=ISSEY MIYAKE / Sergio Rossi / vebet

「自然を感じてアート鑑賞をできるのもすごく素敵」

工藤弘二(以下、工藤) ようこそ、ポーラ美術館へいらっしゃいました。

中条あやみ(以下、中条) 以前ロニ・ホーン展を見に来たのですが、そのときは雨だったんです。今日は天気もよくてとても嬉しいです。

工藤 ロニ・ホーン展をご覧いただいたのですね。どうもありがとうございます。展示はお楽しみいただけましたか?

中条 はい、とても! 水をテーマにした作品もあり、雨だったことですごく風情を感じましたし、金箔がフワッと置かれているのが目に入ってきたり、写真の人物の表情からいろいろ想像したり、あとはやはりガラスの立体作品は美しくて見入ってしまいました。どうやってつくるんだろうと想像するのも楽しかったですし、自分が知っている世界観と異なる世界観に触れられるのは美術館の楽しみのひとつです。

工藤 この美術館は、ポーラの先代の会長が個人的に収集していたコレクションを公開するために2002年に開館したのですが、ルノワールやモネなどの印象派、ピカソなど20世紀前半までの作品が中心のコレクションでした。中条さんにご覧いただいたロニ・ホーン展もそうですが、今年で20周年の節目を迎えるので、新しい方向に進もうという趣旨で、開館当初からの収蔵作品と近年コレクションに加わった現代の作品を同時に展示する本展の企画が生まれました。

中条 それでタイトルに「モネからリヒターへ」という言葉が入っているんですね。

工藤 ええ、印象派の名作から現代の作品まで100点以上のボリュームで、美術館の移り変わる姿をご覧いただきたいと思っています。ではまず遊歩道にあるロニ・ホーンの作品《鳥葬(箱根)》(2017-2018)を見に行きましょう。

中条 うわー、こんな森の中にあるんですね。晴れているとこの作品自体が光っているようで本当にきれい。

この日は梅雨の晴れ間に恵まれた。ロニ・ホーン《鳥葬(箱根)》(2017-2018)は森のなかに佇む

工藤 天気によってすごく表情が変わる作品です。上から覗き込むと底が見えるんですよ。

中条 (覗き込む)えっ、あの砂利はこの作品の底の部分なんですか。なんだかすごく近くに見えるから、遠近感がおかしく感じられますね。

工藤 レンズのような効果でそう見えるんですね。この作品はガラス製で、重さが5トンもありますから、地面が沈まないように砂利を敷いて設置しているのです。ちなみに中条さんは美術館にはよくいらっしゃいますか?

中条 そんなに詳しくはないですけど、気になる展示を見に行ったり、旅先で美術館があると立ち寄ったりします。外に遊びに行くのが好きなので、ダイビングに行ったときに杉本博司さんの江之浦測候所(小田原)に行ったりもしました。こうして外の遊歩道を散歩しながら自然を感じてアート鑑賞をできるのもすごく素敵です。

工藤 ありがとうございます。では館内に向かいましょう。

展示室へ降りるエスカレーターからはケリス・ウィン・エヴァンスのネオン作品《照明用ガス⋯(眼科医の証人による)》(2015)が鑑賞できる

「絵にはいろいろな描き方があるのがわかります」

工藤 会場に入ってすぐの場所に展示したのが、当館が長くメインヴィジュアルとして使用してきたルノワールの《レースの帽子の少女》(1891)です。母体が化粧品メーカーだということもあり、女性像が多いのがコレクションの特徴のひとつです。

中条 この絵は柔らかい印象がありますね。白い肌にピンクが差していて、ふっくらした印象です。ルノワールにとっての理想の女性像のようなものがあったのですか。

ポーラ美術館を象徴する作品のひとつ、ルノワールの《レースの帽子の少女》(1891)

工藤 ルノワールは絵に自身の理想を投影していたと言われています。このドレスをよくご覧ください。この壁の裏側にある作品(《髪かざり》(1888))で描いた女性も同じドレスを着ています。オートクチュールと思しき帽子も被らせているように、ルノワールは衣装にも興味を持っており、モデルに着せるこのドレスも所有していたと考えられています。

中条 衣装をそこまで細かく見ていなかったので、そういうエピソードを伺ってから見ると面白いです。モデルは同じ女性ではないですよね。

工藤 そうです。なのでこれは画家が持っていた衣装だということがわかるわけです。展示室の奥に向かうと風景画があります。モネと、アメリカ出身でフランスで制作を続けたジョアン・ミッチェルの作品が同じ壁に2点並びます。左はモネがヴェトゥイユという小さな村でセーヌ川を描いた作品なのですが、右のミッチェルの作品もやはりヴェトゥイユで描いた作品です。

展示風景より、モネ《セーヌ河の日没、冬》(1880)とジョアン・ミッチェル《無題(ヴェトゥイユのセーヌ河の眺め)》(1970-1971) Photo (C)Ken KATO

中条 同じ場所なんですか? 時代も変わると、同じ風景の表現がこれだけ変わるのですね。ミッチェルの作品は抽象画だからはっきりどこが川なのかわからないけど、このキラキラした感じが水面の光なのかな。時代を超えて同じ場所を別の作家がまるで異なる表現方法で描き、それがここに並ぶなんて運命的なものを感じますし、同じ壁に並んで見比べることができるのもすごく面白いです。

工藤 (モネの絵を示しながら)いままではこういう作品を鑑賞できる美術館だったのですが、これからは、(ミッチェルの作品を示し)こちらの方向の要素も増えていく、というメッセージもこのような展示方法に込めました。

工藤 ここまで人物画と風景画を何点かご覧いただきましたが、その2種類の絵画では中条さんはどちらがお好きですか?

中条 どちらも好きですが、もしかしたら人物画の方が興味を引かれることが多いかもしれません。役者の仕事をしていると、人の感情を考えながら演じるので、表情を見ていまどういう感情なのかと想像したり、やはり表情や服装などからどういう生い立ちの人物なのか考えたり、複数の人物が描かれている作品であれば、そのシチュエーションやそれぞれの関係を想像したりもします。

真っ赤な人物が目を引くマルコ・デル・レの《赤い室内》(2011)

工藤 いままでご覧いただいたのは西洋の作家による作品ばかりでしたが、当館では日本人作家の作品も多く収蔵しています。中条さんが乗馬をなさっていると伺ったので、お見せしたい作品がこの坂本繁二郎という作家による《母仔馬》(1960)です。

中条 うわー、かわいいこの絵。すごく幸せそうな感じが伝わってきます。

柔らかな色彩の坂本繁二郎《母仔馬》(1960)に思わず笑みがこぼれる

工藤 このような淡いタッチを得意とし、昭和画壇で活躍した画家です。ちなみに、中条さんはどのようなきっかけで乗馬を始めたのですか。

中条 乗馬をされている俳優さんにご紹介いただいて、私はドライブも好きなので、車で少し遠くまで行き、馬に乗るのも楽しそうだと思って試してみたらハマりました。馬には小学3年生ぐらいの知能があると言われていて、よく覚えてくれるので、ニンジンという賄賂で餌をくれる人として認識してもらうんです(笑)。馬と息を合わせて乗るのですが、日によって馬の機嫌も違うので、いつもうまくいくわけではないというのも生き物と触れ合う楽しさだと思います。それにしてもこの絵の馬はすごくかわいい。こんな素敵な絵を部屋に飾ってみたいな。

工藤 部屋に絵は飾られていますか?

中条 少し飾っています。旅先でその土地の土を使った絵画を買ったりとか、マーティン・ルーサー・キングの演説を象徴的に描いた絵をかけていたりとか、甥っ子と姪っ子が描いてくれた私の絵を冷蔵庫に飾ったりもしています。空間が明るくなるから絵を飾るのは好きですね。

工藤 《母仔馬》を飾ると空間が柔らかくなるでしょうね。次は戦後の日本美術のうちの一押しです。田中敦子の《’89A》(1989)という作品ですが、何に見えますか?

田中敦子の《’89A》(1989)を鑑賞する中条あやみ

中条 うーん、なんだろう.......?

工藤 これは電球なんですね。電球絵画を長く描いたアーティストで、そのなかの1枚です。

中条 言われてみればたしかに!

工藤 初期の頃はネオン管を組み立てたものを着て、パフォーマンスをしていました。それを絵画に描き、ネオンから電球に変わり、このような電球絵画が生まれました。大きさも色も異なる電球をモチーフに、シリーズとして多く描いています。

中条 これはキャンバスを床に置いて描いているのでしょうか? 絵具が濃いように見えますが、全然垂れている部分がありませんよね。

工藤 このぐらいのサイズだと床に置き横にして描くこともあります。次の部屋の作品も大作つながりではないですが、白髪一雄という作家の作品で、これは足で描かれています。

中条 足ですか!?

白髪一雄の《泥錫》(1987)と《波濤》(1987)

工藤 フット・ペインティングといって、天井から紐をつるし、それをつかんで、足で描いています。当時アクション・ペインティングというのが流行って、行動の痕跡を残した絵を多くの作家が描いていたのですよ。

中条 そう言われると、ここはかかとかなとか、足を筆のように使って描いたのではないかと想像できますね。色の伸び方が筆っぽい感じで、絵にはいろいろな描き方があるのがわかります。

「美術館の楽しみ方が確実に広がります」

工藤 次の部屋は現代の作品にもっともフォーカスした展示室です。

中条 (パット・ステア《カルミング・ウォーターフォール》(1989)を指し)私、この作品がすごく好き。

パット・ステア《カルミング・ウォーターフォール》(1989)を見つめる

工藤 私も好きな作品で、これ滝なんですよ。

中条 躍動感があって、それに爽快感もすごくある。銀色が入った感じもすごくきれいです。絵具が垂れるのを活かそうとしたのかなとか、描き方も想像したくなります。これの小さなサイズの絵を部屋に飾りたいくらい!

工藤 パット・ステアという女性画家が描いた作品ですが、東洋の表現にも興味を持っていた人なんですね。

右から、ゲルハルト・リヒター《抽象絵画(649-2)》(1987)とクロード・モネ《睡蓮の池》(1899)

中条 これが「モネからリヒターへ」ですね。なんだろう......「池」でつながっているように見えますね。

工藤 よくお察しくださいました。左の作品はゲルハルト・リヒターによるもので、何層も重ねて描いているのですが、最下層がブルーで、水面を想起させますよね。「スキージ」というヘラを使って絵具を伸ばして描いているのですが、モネの絵と並べると、斜めの線が柳の木のように見えませんか。しかし、それはひとつの見え方であって、リヒターはそう描いたわけではないんですよ。

中条 風景画ではない、ということですよね?

工藤 タイトルが《抽象絵画(649-2)》(1987)という、描いたのが場所なのかモノなのか、そういうことがまったくわからないんですね。

中条 だけど隣のモネの作品と似ているのが不思議ですね。

工藤 そうですね。並べると似ているように見えますが、リヒターもモネを意識して描いたわけではないと思うんですね。時代も国境も表現の仕方も違うんですけど、そこがつながってしまうところが面白いですよね。

中条 解釈というか、見る側の想像力に委ねられるんですね。リヒターの抽象表現が、柳の木と池に見えてしまうという。

リヒター《抽象絵画(649-2)》(1987)をじっくり見つめる

工藤 このリヒターの作品はモネに似ているから収蔵したわけではなく、たまたま色合いやタッチに似ているところがあったわけです。印象派はそれ以前の画家より粗いタッチで描く人たちだったので、ある意味で、風景を抽象的に描く最初の画家たちだったといえます。そしてリヒターは、抽象作品の最前線にいる作家ですよね。そういう大きな意味でのつながりはありますが、先ほどモネとジョアン・ミッチェルの作品のところで中条さんが「運命的」とおっしゃいましたが、これもまさにそうだと思います。美術館で運命的な出会いが起こったのだと感じています。

中条 ここまで展覧会を見てきて、アーティストの方々は様々な表現にチャレンジしているんだなとあらためて実感しました。それに、時代を超えた作品を対比して見ることで、作家ごとのモチーフのとらえ方、表現の仕方が本当に多様であることもわかりました。これから美術館の楽しみ方が確実に広がります! 今日はありがとうございました。

工藤 コレクションを楽しんでいただけてよかったです。こちらこそありがとうございました。

カラーフィールド・ペインティングを代表する作家、モーリス・ルイス《ベス・ザイン》(1959)。その色の迫力に圧倒される
三島喜美代のセラミック作品に興味津々

編集部