2002年に箱根に開館して以来、ポーラ創業家二代目の鈴木常司が戦後約40年をかけて収集したコレクションを公開し、これを基盤として様々な企画展を開催してきたポーラ美術館。今年20周年となる同館が、これまでで最大規模と謳うのが、開館20周年記念展「モネからリヒターへ ― 新収蔵作品を中心に」だ。
ポーラ美術館といえばモネやルノワールをはじめとする印象派のイメージが強いが、近年ではそうした従来のコレクションに加えて、20世紀から現代までの美術の展開をたどるための重要な作品を収集している。
本展は、鈴木常司が収集した19〜20世紀の近代絵画が中心となるコレクションと、近年新収蔵した作品をあわせて紹介する初の展覧会。「光」をテーマとし、移ろう光を絵画に描き留めようとしたモネなど印象派の画家たちの作品から、光に強い関心を持つゲルハルト・リヒターや杉本博司などの現代の作家の作品、100点以上が一堂に集う。ポーラ美術館の開館記念展が「光のなかの女たち」であったことを考えると、節目の展覧会として「光」をテーマに据えるのはごく自然なことだろう。
会場は鈴木常司のコレクションと新収蔵を組み合わせた第1部と、近代と現代を結ぶ作家たちの作品が並ぶ第2部で構成。
第1部は、鈴木常司コレクションの中心となった印象派において重要な作品、ルノワールの《レースの帽子の少女》(1891)から始まる。このセクションでは、新収蔵されたベルト・モリゾ《ベランダにて》(1884)をはじめとする「女性像」、モネ《睡蓮》(1907)に代表される「水辺の風景」、セザンヌ《ラム酒の瓶のある静物》(1890年頃)などの「静物画」、そして「フォーヴィズム」など、テーマ別での展示となる。
また日本の近代洋画は時代や流派ごとに分けられており、松本竣介や坂本繁二郎、レオナール・フジタは作家ごとの紹介だ。
第2部は、これまでのポーラ美術館コレクションにはなかった作家が並ぶという意味において新鮮だ。難波田龍起や田中敦子、山口長男など戦後日本の前衛美術、白髪一雄や中西夏之といった材質感を追求した作家たち、モーリス・ルイスやヘレン・フランケンサーラーといった海外の抽象絵画、そしてアニッシュ・カプーアやドナルド・ジャッドら現代の作家たちまでを網羅されている。
また中林忠良、杉本博司はそれぞれ個別に紹介。光のスペクトルそのものを作品化した杉本の最新シリーズ「Opticks」は、まさに本展テーマとも合致する作品であり、今後のポーラ美術館の収集の方向性をも示唆するものだ。
ただ、やはり本展の白眉となるのは、ゲルハルト・リヒターとモネの組み合わせだろう。
《抽象絵画(649-2)》(1987)は、70年代後半にリヒターが着手した「抽象絵画」シリーズのひとつであり、スタイルとして洗練を迎えた時期のものだ。スキージ(板)を使った痕跡がはっきりとわかる、複雑な絵具の重なり。見れば見るほど様々な発見がある作品と言える。
本展では、この《抽象絵画(649-2)》が展覧会タイトル(「モネからリヒターへ」)をなぞるように、モネ《睡蓮の池》(1899)と並べて展示されている。同館学芸員・工藤弘二はその意図として、 「リヒターはこれからのポーラ美術館の未来を象徴する1点。過去から未来への架け橋として、この2点を紹介できればと考えた」と説明する。
太鼓橋としだれ柳が描かれた《睡蓮の池》と、一番奥に水を連想させる鮮やかな青が塗られた《抽象絵画(649-2)》。この2点を対比することで、時代を超える作品の不思議な共鳴が感じられる。こうした斬新な展示も、コレクションを更新し続けてきたポーラ美術館だからできたことだ。
こうした時代を超えた作品の接続は、ルノワール《髪かざり》(1888)とフェルナン・レジェ《鏡を持つ女性》(1920)、モネ《セーヌ河の日没、冬》(1880)とジョアン・ミッチェル《無題(ヴェトゥイユのセーヌ河の長め)》(1970-1971)、ヴィルヘルム・ハマスホイ《陽光の中で読書する女性、ストランゲーゼ30番地》(1899)とリヒター《グレイ・ハウス》(1966)など、会場の随所に見ることができる。まさに本展は、開館20周年を迎え、未来へ向かっていこうとするポーラ美術館の態度表明とも言えるだろう。