原子力とマーシャル諸島。市民の力で社会は変わる
最後に壇上に現れたのは、作家/アーティストの小林エリカ。照明が落とされた厳かな雰囲気の会場で、映像作品の投影とともにクロージング・パフォーマンスの朗読がスタートした。
最初に朗読されたのは、2017年に刊行された自身の著作『彼女は鏡の中を覗きこむ』より「日出ずる」。原子力の歴史とひとりの女性の人生が交差し、次第に重なり合っていく物語が静かに会場に広がってゆく。
続く朗読作品は、「日出ずる」に登場する水爆実験が行われたビキニ環礁があるマーシャル諸島共和国出身の詩人キャシー・ジェトニル=キジナーの『開かれたかご──マーシャル諸島の浜辺から』(一谷智子訳、みすず書房、2023)所収の「伝えて」。マーシャル諸島の平均海抜は約2メートル。この地は気候変動の影響をもっとも受けている国でもあるのだ。
小林が語る、キジナーの記したマーシャル諸島での暮らしと、失われつつある風景のリフレイン。ここまでのシンポジウムでの議論を振り返りながらその声に身を浸すと、悲しくも美しく、痛切に胸に迫ってくるようだった。
朗読終了後、小林は著作である『女の子たち風船爆弾をつくる』にまつわるエピソードを紹介。本書は、旧日本軍が学徒動員により女学生を集めてつくらせていた秘密兵器・風船爆弾について、綿密な取材と調査をもとに小林が記した物語だ。その取材と執筆のなかで、風船爆弾の製造と研究を行っていた登戸研究所について知ることになった。
秘密兵器の製造を行っていたことから箝口令が敷かれ、資料や機密文書も「処理」されていた同研究所。その実体が明るみになったのは、1980年代に地元高校教師が自主的に行っていた現地の見学会が発端だったそう。当時の高校生たちによるリサーチが始まり、この活動をきっかけに、当時タイピストとして同所で働いていた女性から資料を持っているとの連絡が届く。さらに当時を知る複数の人物が集まり、史実が明らかになっていったというのだ。
「一人ひとりの活動により、これまでずっとなかったことにされていた歴史が書き記された。歴史も、社会も、私たち一人ひとりがつくるものなのだ」と静かに思いを込めて語る小林。その言葉に、シンポジウムで繰り返されてきた「いまやるべきことは明確」というフレーズが重なっていくようだった。