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美手帖女子部。#2 
肩書きは「女子大生」。中村ちひろは好奇心のままに

「美術手帖」編集部が様々なジャンルの女子クリエイターたちを訪ねて「私が影響を受けた作品」を教えてもらう連載「美手帖女子部。」。第2回は、「禁断の多数決」元メンバーで、短歌や絵画などを幅広く手がける中村ちひろさんが登場してくれました。

持っているのはすべてひとりで手づくりした短歌のZine。「ゆっきゅんに誘ってもらったイベントで販売したもので、増刷して通販したいと思ってます。表紙はコラージュ作品で、チェキもついてます」取材協力=武蔵野美術大学

 音楽集団「禁断の多数決」元メンバーの「さひろちゃん」こと中村ちひろさん。雰囲気ある自撮り写真やブログの文章が話題となり、「ミスiD2017」で「文芸賞」を受賞したことでも知られます。「いろいろなことをやっているからぴったりくる肩書きがなくて、最近は『女子大生』にしてます」と笑う彼女は、現在、武蔵野美術大学の空間演出デザイン学科でファッションを学ぶ3年生。お気に入りの作品とこれまでの活動についてのエピソードを、取材風景のチェキと一緒にお届けします♡

穂村弘『手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)』(小学館文庫)は「女の子との手紙のやりとりの形式になっていて、一首ずつ読んでも、通しで読んでも面白いんです。タカノ綾さんの挿絵もかわいい」。左手に持っているのは後出の田口賢司の小説『メロウ』

穂村弘の短歌集

 「穂村弘さん、めちゃくちゃ好きなんです」。自身も短歌を発表している中村さんは、中学生時代から穂村作品を愛読。作品の世界観だけでなく、文字を回転させて配置するなど、本の特性を活かした表現方法にも惹かれたそうです。

 短歌を自分でつくってみようと思ったのは、大学に入ってからと意外にも最近のこと。俵万智の『サラダ記念日』を読み、「数えてみたら5・7・5・7・7になってるけど、一見日常の言葉と変わらない文章に見えることに驚いて」自分もやってみたいと思ったと話します。「短歌は俳句と違って、言いたいことを全部言い切れる長さがある。でも余計なものが入ると違和感が生まれちゃうので、バランスをとるのが難しいし楽しいです」と、日々思いついたことをスマホにメモし、短歌をつくり続けています。

学校の課題などをきっかけに自身も絵画を制作し「禁断の多数決」での展覧会で発表したことも

ジョン・エヴァレット・ミレーのポストカード

 ポストカードは2015〜16年にbunkamuraザ・ミュージアム(東京・渋谷)で開催された「英国の夢 ラファエル前派展」で買ったもの。「西洋絵画は見方が難しいイメージだったけど、ラファエル前派の作品は、視覚的にきれいでかっこいい印象が強くて、画面全体でひとつの世界観をつくりあげていると感じました」。

 そういった表現のしかたは、大学で専攻しているファッションについてのとらえ方にも共鳴するものだったそう。「わたしは服だけをつくりたいわけじゃなく、服に合う靴やアクセサリーも考えて、さらにはどれくらいの明るさや温度の、どんなにおいがする部屋にいて……と、世界観全部を演出するところまでやりたいんです。だから、慣習的な表現にとらわれず、Instagramみたいに一枚の絵画のなかで世界観をつくり込んでいる印象のあるミレーの作品とは、温度感が近いと思いました」と話します。

古書の町、神保町で買ったという田中一村の画集

田中一村の日本画

 次に見せてくれたのは、中学の美術の教科書の表紙になっていて知ったという、日本画家・田中一村の画集。「日本画家なんだけど、奄美大島に移住してから南国風の風景やモチーフを描いているんです。それが独特の雰囲気でほんとに魅力的。日本画には変わりないのに、描くものが違うだけで、こんなにいろんなことができるんだ!って」。

 特に気に入っているのは、魚や海の生き物を描いたシリーズ。「原色の魚を画面いっぱいに描いていたり、エビを直角に配置していたり、手法は正統派の日本画なのに、色も構図もヤバイ。バランス感覚がとにかく面白くて気に入ってます」。

小説『メロウ』

 「いちばん好きな本」は田口賢司の『メロウ』(新潮社)。「いちおう物語だけど、支離滅裂で、本当によくわからないんです(笑)。よくわからないながら、何人かの登場人物の物語が切れ切れに、並行して続いて……まるで長い詩みたい」。虹色の表紙に惹かれ初めて手に取ったとき、冒頭の数行で「これは読まなければいけない」と直感し、以来大事にしているそうです。星新一の「ショートショート」シリーズも昔から好きで、「言いたいことを短くまとめて、そのなかにユーモアも盛り込んでいるところは、Twitterの文法にも通じますよね」と話します。

 「でも、私の場合『影響を受けてる』っていうのとはちょっと違う気がするんです」と言う中村さんにとって、本を読むことは「自分を再確認」する行為。「『これを読んだから次の作品が変わる』というわけではない。思ってはいたけど言葉にできていなかったことを、ほかの人の言葉を通じてなぞり返しているんだと思います」と分析します。言葉を交わす過程で自分が考えていることがわかったり、アイデアが浮かぶことがあるから、大学の課題には友達とチームで取り組むことも多いとか。「私にとってはやっぱり言葉が大事なんだなと思います」。

SNSにアップしている「自撮り写真」の一部

中村さんのこれまでと作品

 中村さんのこれまでの経歴は、まさにSNS世代の女の子のそれ。「高校のとき、TwitterとかInstagramとかで自撮りを載せたり、ブログを書いたりし始めました。特に作品を発表するっていう意識とか、特別な理由はなくて、昔から読書や文章を書くのが好きだったし、皆が始めた時期だったからというか……」。ブログが有名サイト「よしこレモン」で紹介されたことがきっかけで、「禁断の多数決」のMVに出演。その後、グループに加入することになり、最近まで活動していました。

 「もともと美術や図工の授業が好きだったし、母親の影響で、小学校のときから自由研究で服をつくったりしてて。普通科の進学校に行っていたんですが、どこかのタイミングでちゃんと服の勉強をしてみたいと思っていたので、美大に進学してファッションを専攻することにしました」。これまでの活動はすべて、身の回りにあったことを自然にやってきた「延長」だと言います。

映像作品《温室》

 今回紹介してくれた短歌のZineや映像作品のほか、平面作品なども発表。バラエティ豊かですが、「自分としては全部同じ感覚でつくっていて、アウトプットの方法が違うだけです。写真でいう撮って出しみたいに、感じたことや考えたことをそのときどきの方法で、そのまま出しちゃう。こういうものをつくりたいとかではなく、つくりながら考えるタイプなのかな」。

 次々と新しい表現方法にチャレンジする、「得体の知れない」女の子、中村ちひろ。「つくることは全部毎日の生活とつながってるし、全部『試しに』やってみてる。飽き性だし、好奇心旺盛なんです」と話す彼女は、面白いものに素直に反応し、気負わずマイペースに世界を見つめる姿が印象的なクリエイターでした。

 次回はアーティストの川内理香子さんが登場予定です。お楽しみに♡

編集部・近江ひかり

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