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ル・コルビュジエの2人の弟子について。シリーズ:蓮沼執太+松井茂 キャッチボール(4)

作曲の手法を軸とした作品制作や、出自の異なる音楽家からなるアンサンブル「蓮沼執太フィル」などの活動を展開する蓮沼執太と、詩人でメディア研究者の松井茂。全14回のシリーズ「蓮沼執太+松井茂 キャッチボール」では現在、ニューヨークが拠点の蓮沼と、岐阜を拠点とする松井の往復書簡をお届けする。第4回では現在、建築家・坂倉準三をめぐるコミュニティ・アーカイブに取り組む松井が、坂倉、前川國男というル・コルビュジエの2人の弟子の建築空間を回想する。毎週土・日更新。

文=松井茂

羽島市庁舎 Photo by Shigeru Matsui

松井茂 記憶を記録することを考える

 またすこし「マ」が開いてしまいました。ごめんなさい。

 前回蓮沼くんが述べている「組織論としてのアンサンブルを説明していくことの難しさ」の話とても気になります。ストレートな応答ではないんですが、僕なりには社会が記憶を共有するということに係わるんじゃないかと思うんです。そういった観点で、「マ」のあいた事情を書いてみたいと思います。

 2018年11月から、仕事で大垣市の近隣の羽島市出身の建築家、坂倉準三(1901〜1969)をめぐるコミュニティ・アーカイブに取り組んでいて、2019年2月にその成果を展示する必要があり、1月末からかかりっきりでした。

 坂倉は、ル・コルビュジエ(1887〜1965)のアトリエに学び、相互に影響を与え合ったとも言われてるわけで、ホームタウンである羽島市にはその建築が、市庁舎をはじめ、3つあります。僕がいちばん感動する点はデザインというよりも、1959年に竣工して、60年経ってなお市庁舎が使われていることなんですね。つまり、ここで仕事を始めて終えていく人がいるということは、個人のライフサイクルより長いソサエティの時間が建築を流れているということです。改装が加えられた部分もあるけど、これだけの期間、その役割を変えてない建物って、日本ではなかなかないことだと思います。

羽島市庁舎 Photo by Shigeru Matsui

 それで前のキャッチボールでは、東京から「あっさり」大垣に引っ越したというようなことを書いたけど、羽島市庁舎の空間を歩いてみて、忘れていたというと言い過ぎですが、新宿を突然想起したんです。どこがっていうわけでもないんだけれど、新宿西口と再開発前の渋谷は、僕にとって日常生活のルートで、両者が坂倉によって設計された場所だということはあとから知りました。それが羽島市庁舎に行ったときに「あれ?なんか知ってる」という体験につながった。

羽島市庁舎 Photo by Shigeru Matsui

​ 似た経験で、小学生の頃、近所の阿佐ヶ谷団地の友人の家が好きで、そんなに仲良くもなかったんだけど、足繁く通ったことがあります。随分後になって前川國男(1905〜1986)の展覧会で、その建物に再会してのけぞったんですね。ル・コルビュジエの2人の弟子の建築から無意識に刷り込まれた日常が自分にあるというか、意外に身近なところでこうした建築が力を発揮していたわけです。それも押しつけがましくなく、奇を衒っているわけでも無く日常に象徴的な空間が溶け込んでいた。

 建築家って、地域を越えた人々の経験を設計しているというか、こういう市民社会へのアプローチがあり得るという認識は新鮮でした。ひょっとしたらル・コルビュジエの建築に馴染んだ人が、坂倉の建築空間に立ったときにもこうしたことを感じられるかも知れない。なんとなく類縁的な空間の思想をとらえ直してみたいなとか、そんな意識もあって、羽島のコミュニティ・アーカイブに取り組んでます。

羽島市庁舎 Photo by Shigeru Matsui

 東京・湯島の文化庁近現代建築資料館が最初に収蔵した資料が坂倉準三なんですけど、図面を閲覧させてもらったりして、とても面白かったです。でも僕には、図面から類縁的な建築空間までを体験するには建築の知識不足で、自分の過去の記憶や、ル・コルビュジエの建築までの射程を感知することはできなかった。市役所の職員はきっと迷惑だったに違いないんだけど、この半年、足繁く通って、ここで働く人に話しかけたりしながら、ぶらぶら建物の中を歩くこと、日常使いに馴染むことで深められたことはあったと思います。もっとも、すでに坂倉の意図通りではない仕様にはなっているんだけど、それでも使っている人たちがいる建築だからこそ生き生きとしているところもあって、ジェネラティヴな感覚をアーカイブできないものかなぁ、と思っています。

羽島市勤労青少年ホームから羽島市庁舎を臨む Photo by Shigeru Matsui

 まもなくコミュニティ・アーカイブの報告書ができあがります。でもって、ここまでの経緯の説明もないままに、羽島市庁舎紹介の映像を学生がつくったわけですが、そこに蓮沼くんが素晴らしく絶妙な音楽をつけてくださいました。ありがとうございます。大感謝!!! 羽島っていまも蓮根とナマズが名物なんですけど、市庁舎が建つ場所はもともと蓮沼だったのね。そんな因縁もあるし(?)、と思って依頼させていただきましたが、羽島と蓮沼をかけて、《HASHINUMA》と題して公開してます。

羽島市勤労青少年ホーム Photo by Shigeru Matsui

 そして羽島市庁舎の隣にも坂倉が設計した、羽島市勤労青少年ホームという、1963年に竣工した建物があります。これがこの春から始まる新市庁舎の建設用地にあって、まもなく解体されるんですね。それで、この建物の存在を記憶し記録するというイベントを考えていて、蓮沼君にも参加してもらえればと考えています。3月30日の予定ですけど、これについてはまた触れたいと思います。

羽島市勤労青少年ホーム Photo by Shigeru Matsui

 脱線しながら、「マ」の話が長くなりすぎましたが、きっと音楽を演奏する側も、聴く側にも、知っている曲目や演奏の仕草から、類縁性や歴史性を共有するような瞬間があるような気がします。グールドがライリーの「in C」に興味を持っていたことを知ると、蓮沼くんたちのアンサンブルが演奏したという行為と思考に、新たなコンステレーションが立ち現れてくると思うんです。再現可能な記憶が社会的に設計されるのではないかという感じで、オーバーに思われるかも知れないけれど、芸術体験が拡張されていく気がするんですよね。

 今日は、フランソワ=グザヴィエ・ロト指揮、レ・シエクルが演奏するドビュッシーの「遊戯」を聴きながら、でした。

2019年2月25日 大垣より
松井茂

編集部

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