2019.3.16

【シリーズ:BOOK】
近代芸術はいかに展開したか。岡﨑乾二郎『抽象の力──近代芸術の解析』

『美術手帖』の「BOOK」コーナーでは、新着のアート&カルチャー本から注目の図録やエッセイ、写真集など、様々な書籍を紹介。2019年4月号の「BOOK」1冊目は、近代芸術はいかに展開したかを根幹から把握する、岡﨑乾二郎の17年ぶりの単著『抽象の力──近代芸術の解析』を取り上げる。

沢山遼(美術批評家)=評

『抽象の力──近代芸術の解析』の表紙

無数の思考から真の世界像を紡ぐ

 著者によれば、抽象芸術の展開の核にあったのは、物質、知覚を飛び越えて直接、精神に働きかける、その具体性、直接性の追求であった。しかしそれはいつしか歪曲され忘却された。本書の重要性はまず、この問題提起にこそ表れている。それは、この前提が忘却された結果、正当に理解されることも位置付けられることもなく置かれてきた膨大な作家たちの仕事をよみがえらせる作業を伴うことになるからだ。また、この具体性は、感覚された様々な情報と認識とのあいだのズレ、その間隔の強度としても把握される。そのとき抽象芸術は、対象との視覚的な類似に依拠する必要はない。言い換えれば抽象芸術を視覚的な美術作品に限定して語る必要はない。このことは、周縁的であると見なされてきた応用芸術や身体芸術が追求してきた具体性の次元をよみがえらせることにもつながるだろう。

 したがって本書が取り上げる人物、領域の多彩さは、本書の問題提起によって必然的に導かれたものである。本書では、熊谷守一、村山知義、坂田一男、長谷川三郎ら日本人作家のほか、ヴァネッサ・べル、ジョン・D・グラハム、ダヴィド・ブルリュークら多数の仕事が解析される。それらの仕事は個々には突発的にも見え、歴史に安易に回収可能な単純さも持ち合わせていなかった。ゆえにその仕事が十分に理解されてきたとは言えなかっただろう。ではそれらの作品の内実はどのように記述可能になるのか。それは、抽象芸術の展開をめぐって世界各地で同時期に進展し、共有されていた思考とその真の意味での世界的な拡がりを把握することをおいてない。個々の作品の内実は、この世界性の把握によってこそ鮮やかな具体性を持って迫る。

 本書では、ほかにフリードリッヒ・フレーベルの教育玩具、自然科学的関心から神秘主義と邂逅し先駆的な抽象絵画を残したヒルマ・アフ・クリント、多領域で活躍したゾフィー・トイベル=アルプの仕事などが論じられる。それは従来の「抽象」をめぐる美術史的言説が、いかに白人男性や特定の美術作品を中心に論じられ、女性や子供、装飾や応用芸術を思考の対象から排除してきたかを明らかにしている。そればかりではない。本書が明らかにするように、日本の芸術家たちもまた、この世界的な同時性を共有し、それに呼応していた。抽象芸術の展開を把握することとはすなわち、この連携を開示すること、この真の世界性を解明することなしにありえなかったのだ。