REVIEW / PROMOTION - 2018.12.27

美と知の「還元」空間。森岡書店・森岡督行が見た「それを超えて美に参与する 福原信三の美学 Shinzo Fukuhara / ASSEMBLE, THE EUGENE Studio」

東京・銀座の資生堂ギャラリーでは2018年10月19日から2019年3月17日にかけて、2期にわたる開廊100周年記念展「それを超えて美に参与する 福原信三の美学 Shinzo Fukuhara / ASSEMBLE, THE EUGENE Studio」が開催されている。銀座という場所で100年続いてきた同ギャラリーのエッセンスが凝縮された本展を、同じく銀座で森岡書店を営む森岡督行が振り返る。

文=森岡督行 撮影=加藤健

会場風景

日常の芸術化を目指した男・福原信三

 2019年に100周年を迎える資生堂ギャラリーでは、現在、「それを超えて美に参与する 福原信三の美学 Shinzo Fukuhara / ASSEMBLE, THE EUGENE Studio」が開催されている。この展覧会は、第1弾と第2弾に分かれてており、ここでは、2018年10月19日から12月26日にかけて開催された第1弾について記述する。

 福原信三は資生堂の初代社長であり、また写真家としても知られてる。本展が、通常の「福原信三展」と異なるのは、資生堂のデザインや写真作品を紹介することより、これまであまり知られることのなかった、人物像に焦点が当てられている点にある。では、福原とはどのような人物像なのだろうか。

 タイトルの「それを超えて美に参与する」は、福原自身の言葉だ。これは、同ギャラリーによると「ある領域を超えて美の創造に取り組むという福原の意志を述べたもの」。写真だけでなく、絵画、工芸、俳句、詩など他ジャンルの芸術に関心を持っていた福原は、同時に、それらを経済活動の中に取り込むことにためらいがなかった。展示された香水のボトルやパッケージの意匠、あるいは、商品のネーミングがそれを示してる。商品の中に芸術を取り込むこむことが、社会における「日常の芸術化」にもつながると考えたのだ。

 また、資生堂ギャラリーとパーラーは、たんに美術作品を展示したり、美食を提供するだけでなく、アーティストや人々が集い、自由に会話をする交流の場としての役割が当初からあった。新しい知見や感性が資生堂の商品に反映されやすい環境が整っていたと言えるだろう。そして、『資生堂月報』(『花椿』の前身)を刊行することで、新しい知見や感性を日本全国に届けていった。「様々な新しい価値をすくい取り、再び社会へと発信」する意志が福原にはあったのだと思われる。上述のことを筆者なりに要約すると、福原の人物像として、「日常の芸術化」「交流」「還元」というキーワードが浮かび上がってくる。

展示風景

 本展第1弾では、この観点を可視化するため、イギリスの建築家集団ASSEMBLEと、カンガワ ユウジンが率いるTHE EUGENE Studioが招聘された。両者は「既定概念を押し広げアートを社会や経済と切り結んでいく新しい創造性のあり方」を追求しており、これは福原の考え方と通底している。THE EUGENE Studioが展示を設定し、ASSEMBLEが木製のベンチとテーブル、シェルフをつくることにより、ギャラリー内に「パーラー」のような空間を出現させた。

来館者にはここでコーヒーがふるまわれる

 シェルフには、近年の『花椿』や資生堂ギャラリーの展覧会カタログなどが設置され、ライターの武田砂鉄によるリーフレット『福原信三の美』と、福原の145万字におよぶ芸術や美に関するテキストから頻度の多い言葉を抽出した展開図が配布された。そして来館者にはコーヒーがふるまわれ、テーブルで書籍や資料を自由に読むこともできる。そこには、近年の資生堂ギャラリーが発信してきたものをあらためて「還元」する空間が広がっていたと言えるだろう。シェルフの一角にはASSEMBLEが制作した陶器も展示され、「日常の芸術化」の一端が示されていたことも忘れてはならない。

会場には貴重な資料の展示も

 また5回の関連イベントによって、参加者との「交流」が図られたことも本展の大きな特徴だ。例えば、哲学者の星野太は「福原信三の美学」をテーマとした講演を、東京藝術大学教授の伊藤俊治は、福原の美的思考と美についておもに写真論の観点とともに講演を行った。詩人の大崎清夏とダンサーの福留麻里は、「展示空間と福原のテキストにインスピレーションを得て、朗読とダンスのパフォーマンス」を行った。これらイベントでは、参加者同士で意見を交換する場面も見受けられた。

 関東大震災の後に建った、バラックの資生堂パーラーの精緻なスケッチが展示されていたのも印象的だ。この仮店舗の図案は、ギャラリーの最初の展覧会を飾った川島理一郎が担当した。福原はまた銀座の街の美しさにも意識を向けていたが、仮店舗の美しさを見るだけでも、資生堂が先端的な場所であったことを物語っている。復興した銀座に足を運んでほしい、人々の「交流」を取り戻したい、という気持ちが伝わってくる。

 資生堂ギャラリーは、本展を通して可視化された福原の人物像を、そのまま次の100年のベースにする意味があるのではないだろうか。開催に寄せたメッセージでASSEMBLEのメンバーは、「福原信三の考え方には普遍的な価値がある」と述べているが、この観点は、資生堂ギャラリーだけでなく、いま社会の様々な場面で必要とされていると思われる。「消費から体験へ」という考え方がここ10年くらいの間で言われてきたが、「体験」の内容に夢や希望が感じられるとさらに良い。翻って、「日常の芸術化」「交流」「還元」といった福原の人物像は基本的にポジティブで、美しい社会の到来を予感させるものがある。福原の人物像が「商品をしてすべてを語らしめよ」という言葉に直結したのだろう。第2弾ではどんな企画が展開されるのか。来年の開催が待ち望まれる。

会場風景