呼吸のかたちを具現化した膨らみと曲線
「小林千紗のガラス−ゆれる呼吸−」(Gallery O2)
金沢市の中心地、尾山神社の近くの大通り沿いの建物の4階にGalleryO2はある。ギャラリーの運営や、アートディーラーおよび美術館の展覧会コーディネーターとして活動していた池田陽子が、作家の手仕事から生み出された美を幅広く紹介するギャラリーとして2005年に東京で設立し、2016年に拠点を現地に移した。
開放的な窓から柔らかな自然光が差し込む印象的な空間に、小林千紗の作品が佇む。その伸びやかな曲線と膨らみによる造形は、重力から解放されているようでとても軽やかだ。薄暗くなった夕方の空間では、作品が空間に溶け込んでいく様子がとても美しい。

小林は、吹きガラスによる作品を制作している。溶けたガラスに自身の息をスーッと吹き込みながら重力や温度等とともに自然に現れる膨らみと、息を吐き切ってからまだ固まりきらない柔らかなガラスの余韻で伸びやかな曲線を空間に描くことで、この独特の造形のパーツを生み出している。それらを組み合わせ、表面に和紙を貼り、光を吸い込んでしまうような黒色の塗料で覆う。ガラスの美しい透明感や質感を隠すことと引き換えに、吹きガラスでしか現れることのない「呼吸のかたち」を鮮明に表出させる。


数年前の展示では、生物や内臓のような有機的なものを連想させるような形や色が意識され、作家の呼吸により生み出されたその「なにものか」たちが、一時的にそこに現れているようなインスタレーションが印象的だった。そして、近年はその呼吸や循環に関心を集約させていくことで、より抽象的で洗練された形を生み出している。加えて、2022年頃から並行して呼吸や循環のイメージをドローイングでも発表しており、そこで思考されるより自由な線の広がりや巡りが造形にも反映されてきたという。本展でより印象に残った複雑に繊細に伸びゆく線と膨らみのリズムや流れは、その循環のイメージにより更新されたものだった。

また、その形状により強度を与えたのは、池田の提案による台座を用いた展示方法だろう。筆者の知る限りでは、作家は吹き込んだ息から現れた形をそのまま空間に存在させることを好んでいたので、これには少し驚いた。さらに、作家が生み出すものの力を強く信じる池田の意向で、メインのスペースにスポット照明をあえて取り付けないという、自然光もしくは蛍光灯のみの演出のきかない独特の空間が立ちはだかる。しかしながらそれらは、小林が一貫して追求してきた「なんでもなくて、なんでもあるかたち」(*3)そのものの存在あるいは本質を引き出すこととなったのではないだろうか。本展は、双方の意図が妥協することなく融合し、新たな可能性を開いた挑戦的で精巧な展示であった。
*3──小林千紗の本展ステートメントより
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