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REVIEW - 2019.5.31

ぶつかりあうアジア各国の「曖昧な私」。佐原しおり評 「ミニマリズム-空間、光、そしてオブジェ」展

ミニマリズムの名を冠した東南アジア初の展覧会として「ミニマリズム - 空間、光、そしてオブジェ」が、シンガポールを代表する2つの美術館、ナショナル・ギャラリー・シンガポールとアートサイエンス・ミュージアムで開催された。ミニマル・アートを代表する作家から再評価されつつある女性作家、そして現代の表現までを取り上げ、ミニマリズムの解釈を拡大させた本展を、埼玉県立近代美術館学芸員の佐原しおりがレビューする。

文=佐原しおり

ヘギュ・ヤン《Sol LeWitt Upside Down – Double Modular Cube, Scaled Down 29 Times》(2017)
 © Haegue Yang

多様性と向き合う「ミニマリズム」

 ナショナル・ギャラリー・シンガポールとアートサイエンス・ミュージアムで開催された本展は、1960年代のアメリカで興隆したミニマル・アートの代表作を紹介するとともに、それらと並走してきたアジアの表現をすくい上げ、さらにミニマリズムのコンセプトが次世代のアーティストにどのように共有されているのかを提示するものであった。

 アメリカを頂点とする戦後美術のヒエラルキーを解体し、脱中心化を図るポリティクスは近年加速の一途をたどっており、本展もそこから外れるものではない。出品作家の一部を挙げるならば、ミニマル・アートを代表するドナルド・ジャッド、ロバート・モリス、ダン・フレイヴィンらのほかに、日本からニューヨークに渡った草間彌生、桑山忠明、宮本和子、アジアに出自を持ちながらイギリスのミニマリズムを牽引したラシード・アライーン、キム・リム、シンガポールにおけるランド・アートの実践者として知られるタン・ダウ、そしていわゆるもの派の李禹煥、関根伸夫、菅木志雄、小清水漸などである。

 さらには、近年再評価の流れが進むカルメン・へレラやシャルロッテ・ポゼネンスケのような女性作家、あるいはツァイ・チャウエイやチーム・ラボらの現在の表現までが射程に収められており、ミニマリズムの名を冠した東南アジア初の展覧会として、あらゆる多様性を担保しようとする気概がうかがわれた。

展示風景
Image courtesy of National Gallery Singapore
展示風景より、ドナルド・ジャッド《Untitled(Six Boxes)》(1974)
Photo by Marina Bay Sands
展示風景より、シャルロッテ・ポゼネンスケ《Series D(Square Tubes)reproduction》(1967/2015)
展示風景より、左から ダン・フレイヴィン《monument for V. Tatlin #43》(1966–69)、JPモルガンチェイスアートコレクション、《monument” for V. Tatlin》(1966) ワシントン・ナショナル・ギャラリー蔵 バージニア・ドワン寄贈 © 2018 Stephen Flavin / Artists Rights Society (ARS), New York

 しかし本展の最たる特徴は、アジアのミニマルな表現の背後にある東洋思想をフィーチャーし、またアメリカのミニマリズムのコンセプトに禅や仏教が与えた影響を示唆した点にあるだろう。例えば、本展担当キュレーターの一人であるラッセル・ストーラーは、美術家・中ザワヒデキの「もの派は、日本の固有性の呈示に初めて成功した美術運動である」という言葉(*1)を引用し、この動向が日本古来の精神的、哲学的、物質的な伝統の延長線上にあると述べている(*2)。しかしながら安保闘争、学生闘争などを目前にした60年代後半の日本社会における、もの派の作家たちの喫緊の課題は、既存の近代的な制度からの逸脱であり「日本の固有性の呈示」が目指されていたとは言いがたい。

 もの派の動向の出発点として位置付けられる関根伸夫の《位相−大地》が発表されたのは1968年であり、この年は、ノーベル文学賞を受賞した川端康成が「美しい日本の私」と題したかの有名な記念講演を行った年でもある。美術評論家の青木正弘はこのことを指摘したうえで「もの派は、日本の伝統的美意識に安住し、その継承と発展を目指す側でも、ましてやたんなる欧米の新興美術の追従者でもなく、西欧と日本の伝統の狭間、すなわち“あいまいな日本”にあって身をよじりながら新しい日本美術の地平を拓こうとする側に属する作家の一群であった」(*3)と評する。つまり、もの派と日本の伝統文化との過剰な接続は「あいまいな日本の私」を「美しい日本の私」へと引き戻してしまうリスクを孕んでいる。

展示風景より、モナ・ハトゥム《Impenetrable》(2009)

 こうした展覧会の姿勢を「安易」だとして切り捨てるのは簡単だが、私たちをとりまく日常がこのような安易さと隣り合わせであることもまた事実である。たとえば、Netflixを介してアメリカを席巻している「KonMari」ブームはその好例だろう。近藤麻理恵、通称「こんまり」が提唱する片付け法は“Spark Joy(ときめき)”を感じないものを手放すというシンプルなもので、持たざる暮らしを選択する「ミニマリスト」の実践のなかに位置づけられている。

 彼女の著書はスピリチュアル本の類として括られることも多く、アメリカのメディアにおいて“KonMari Method”は禅や神道と結び付けられている(*4)。幼少期から家事に関心を持ち、大学時代にはすでに片付けコンサルタントとして活動していた彼女のメソッドがいかに緻密に計算されているかという点にはほとんど注目が集まらない。近藤はある意味で日本文化の伝承者のような役割を担っており、彼女のエキゾチックなキャラクターが確立されればされるほど人気が高まっているように見える。こんまりブームは「美しい日本の私」がいまだに有効な「コード」であることを実証しており、近藤は自身のメソッドの伝播のために戦略的にこれを利用している。

展示風景より、ピーター・ケネディ《Neon Light Installations》(1970-2002)
展示風景より、オラファー・エリアソン《Room for one colour》(1997)

 このようなジレンマは、展覧会のキュレトリアルな問題ともちろん無関係ではない。アジアにおいて多様な現実を生きる人々を繋ぎ止め、さらにアジアの独自性を示すために、東洋思想が本展の主要テーマとして選びとられたことは想像に難くない。

 本展の主要作品が展示されているナショナル・ギャラリー・シンガポールは、イギリス植民地時代に建設された旧最高裁判所と旧市庁舎を改装してできた美術館であり、日本軍占領下においては昭南特別市の軍政本部が置かれた場所でもあった。建物の歴史を物語る回廊式の細長い展示室には、様々な地域の作品が所狭しと並べられており、そこでは静謐でミニマルな作品群の顔つきとは裏腹に、アジア各国の「あいまいな◯◯の私」が至近距離でぶつかり、すれ違い合っているようにも見えた。

 歴史的、社会的、文化的に複雑に絡み合うネットワークの渦中に生きる私たちをシンプルな枠組みで分類することの本来的な不可能さと、展覧会はつねに向き合わなければならない。

ナショナル・ギャラリー・シンガポール 内観
会場吹き抜けに展示されるソピアップ・ピッチ《カーゴ》(2018)

*1ーー中ザワヒデキ『現代美術史日本篇 1945-2014』57頁(アートダイバー、2015)
*2ーーRussell Storer, “A Multitude of Possibilities: Mono-ha and Post-Minimalism,” in Minimalism: Space. Light. Object., Ext, Cat., p.25.(National Gallery Singapore, Artscience Museum, Singapore, 2018)
中ザワヒデキの原文では「もの派は、日本の固有性の呈示に初めて成功した美術運動であると言われることがあります」(下線筆者)となっているが、下線部分は考慮せず引用されている。
*3ーー青木正弘, “ “もの派”とは何であったか。また、なぜ“もの”なのか, ”in Mono-ha, Ext, Cat., (Fondazioine Mudima, c2015), p.177.
文中の「あいまいな日本」は、大江健三郎のノーベル文学賞受賞記念講演「あいまいな日本の私」(1994)からとられている。青木は、大江の記念講演について「西欧と日本的伝統に引き裂かれてきた明治以降120年の近代日本の歴史と、その過程で日本人が慢性の病気のように育ててきた“あいまいさ”」について語ったものであると定義している。
*4ーーChristopher Harding, “Marie Kondo and the Life-Changing Magic of Japanese Soft Power,”New York Times, 18 January 2019, https://www.nytimes.com/2019/01/18/opinion/marie-kondo-japan.html