バーを模した空間にカウンターやエスプレッソマシン、ビール瓶、棚や看板、ゴミ箱などが配置される《Wrong Happy Hour(誤りハッピーアワー)》では、観客はビール瓶を片手に舞台の登場人物のひとりのように作品世界に巻き込まれる。本展ではパフォーマンスは実施されず、図面をもとに実寸でインスタレーションが構築され、舞台裏の仕掛けまでが露わに提示されている。

作品中央のパネルは取り外し可能で、パフォーマンス時には書き込まれるダイアグラムが交換される仕組みだ。さらに背後を覗くと、壁面のカウンター自体が可動式であり、レールによって前後に動かせるよう設計されていることがわかる。細やかな調整によって棚や看板を避けつつ移動する壁は、パフォーマンスの終盤で観客を外へ押し出す仕掛けとなり、空間そのものが観客や作家の動きを誘導する装置=スコアとして機能している。
《スピリッツの3乗》は、弘前れんが倉庫美術館の開館記念に際して制作された作品である。同館は明治期に酒造工場として建てられ、戦後にはシードル醸造所としても使われた建築遺産であり、館内に残る窓枠や鉄製の扉などの廃材がそのまま作品に組み込まれている。さらに吹きガラス職人との共同制作によるオリジナル彫刻、工業用ダクトや遠心ファン、自作のカートなどを加え、空間全体が風の循環でつながる大規模なインスタレーションとして構成された。

作家自身は40代を迎え、知識を蓄えるいっぽうで身体の衰えを実感するようになっていた。笹本はそのプロセスを「発酵」にたとえ、パフォーマンスでは天気予報を模した語り口で老いの経験を語った。本作は現在、弘前れんが倉庫美術館に収蔵されており、今回は初出時の構成を参照しつつ東京都現代美術館の空間条件に合わせて再構成されている。



















