本展の冒頭を飾るのは、笹本のキャリアの出発点に位置付けられる2005年のパフォーマンス《cooking show(クッキング・ショー)》の記録写真である。料理番組の撮影スタジオを見学したことを契機に、料理番組特有の構造を誇張して再現するパフォーマンスを着想。仲間と結成した「ロウアー・ライツ・コレクティブ」とともにニューヨークの実験的なパフォーマンス・シーンで活動するなかで、同作は自身の「名刺代わり」とも言える作品となった。料理番組がカメラを通して「手元」を強調する仕組みを応用し、長い包丁や改造した道具を用いて観客の目の前に非日常的な光景を立ち上げた。

同じ展示室には、2009年に発表された《Secrets of My Mother’s Child(母の娘の事実)》の映像や関連立体《X ✕ Y=1》が並ぶ。椅子の脚部を輪切りにし、そこに紐を通して吊り下げた立体作品は、一見すると座れる家具のようでありながら機能を失っている。パフォーマンスでは、その紐をX軸とY軸に見立て、人と人との距離と緊張関係を漸近線として図式化するなど、数学的発想を空間に持ち込んだ。岡村は、「笹本はもともと数学者を志していたこともあり、初期作品には数学の図式を空間の中で身体的に体現し、その中に自身の身体を置いてみるといった試みが繰り返し登場する」と語る。

2010年、笹本はMoMA PS1で開催された「グレーター・ニューヨーク」展に選出され、《Skewed Lies(ねじれた嘘)》を発表。元は小学校だった建物の地下室を会場に、湿ったボイラー室の複雑な空間を利用し、現場に残されていた金属パイプや机を改造して設置した。空間を横切る2本のパイプは「ねじれの位置」と呼ばれる幾何学概念を再現しており、交わることのない線が観客の身体を取り囲む環境として立ち現れる。笹本は、自身の身体をその構造に置くことで、人間と空間の関係を数理的に可視化した。

同年ホイットニー・ビエンナーレで発表された《Strange Attractors(ストレンジ・アトラクターズ)》は、笹本の活動における大きな転換点となった。タイトルが示すのは、カオス理論における「ストレンジ・アトラクター」という数学的概念である。ローレンツ方程式を三次元化した図形モデルを空間に模し、金属線を張り巡らしたインスタレーションを構築。その線には、樹脂で固めたコップや金属棒などを結びつけ、位相幾何学的な思考を物質化した。

会場には円形のオブジェやドーナツ型の素材が多く配置され、パフォーマンス中には笹本が円を描く動作を繰り返し、観客に「ドーナツを内側から食べることは可能か」と問いかける場面もあった。さらに、吊られた複数のビデオカメラが観客やオブジェを映し出し、空間そのものが多視点的に動的化されていく。ニューヨークのアートシーンでパフォーマンス作品への関心が高まるなか、笹本はその潮流と呼応しながら独自の存在感を示していった。



















