ローラン・グラッソ「Clouds Theory」(ジュミエージュ修道院、〜9月29日)
ルーアン駅から車で45分ほどかかる場所にあるジュミエージュ修道院の建立は654年に遡る。「フランスでもっとも美しい廃墟」とも言われる野外遺跡で、この地域でもっとも古く重要なベネディクト派修道院のひとつだ。バイキングに破壊されたのち10世紀にノルマンディー公により再建されたロマネスク様式の白い塔はセーヌ川のほとりに50メートル近い高さでそびえ立ち、訪問者を圧倒的な時空間に放り出すと同時に、地上と天空の関係、人里を離れたこの場で暮らした人々とその信仰について思いを巡らせる。
印象派祭ディレクターのフィリップ・プラテルは、パリとニューヨークを拠点に活躍するローラン・グラッソ(1972〜)とこの場所を結び付けた。グラッソは様々なメディアを用いた作品を通じて、科学や信仰、古典美術などに見られる知識体系とその限界だけでなく、環境汚染や核利用から生命の消滅の可能性にも言及してきている。プラテルは、グラッソが2018年の第21回シドニービエンナーレに招聘された際、在オーストラリアフランス大使館の文化担当官として制作をサポートしていた。グラッソはそのとき、先住民の土地での撮影を依頼し、その地で感じた目に見えない力の在りかたを作品化しようとした。今回は、大規模なアトリエを構える予定もあるノルマンディーの地で、グラッソが感じた多義のエネルギーを既存の代表作も展示しながら可視化した。
修道院の中心にある教会部分に入ると、まるで絵に描いた雲の形をした銅製の彫刻──丸みを帯びた個体が2分割された形状で合計6つあり、加熱加工で鈍色のグラデーションを纏った外面と鏡のように磨かれた断面とが共存している──が地表に落下したかのように設置されている。少し遠くに、真っ黒な大理石でできた雲も落ちている。背景の柱が伸びる方向に目をやると、青空(この地方特有ですぐ曇り雨空にもなるが)には白い雲が「まだ」浮かんでいた。廃墟の「外側」には初夏の緑色の芝生が広がっているのだが、雲が転がる「内側」は、黒い塗料で覆われ焼地が演出されていた。
奥に進むと、野外遺跡の壁にホワイトキューブのように電源がひかれ、ネオン管で線描された「目」の両極から飛び出た電子が原子にぶつかり、白い光を発しながら鑑賞者を一斉に見つめ返す。全能の神の視線か監視網か。別の一角ではその目が見つめる先に宿る火の如く赤い「炎」のネオンが揺らぎ、度々の火災を経験している寺院を燃やし続けている。現実と再現の対比に加え、手仕事や交渉の末に成り立った現代アートの物質性がどこかSF的な重力の操作によって散りばめられている。過去に見出された現象なのか未来に備える新たな理論なのかが可逆的な劇場が提示されているように感じられた。