「マインドフルネス」や「ウェルビーイング」「チル」といった心の動きを意識する言葉を頻繁い聞く昨今。東京・広尾の山種美術館では、「癒やしの日本美術 ―ほのぼの若冲・なごみの土牛―」が開催されている。会期は2024年2月4日まで。
本展は、日本美術の鑑賞を通して、心を癒してもらおうという趣旨の展覧会だ。会場は「江戸時代の『ゆるかわ』若冲・蘆雪」、「癒しの風景・心地よい音」「かわいい動物・愛しい子ども・親しい人との時間」「心が解き放たれる絵」の4章で構成されている。本展会場でまず出合うのは、江戸時代の「ゆるかわ」を描いた伊藤若冲と長沢芦雪の作品だ。
いまや日本美術のキラーコンテンツであり、《動植綵絵》など緻密な筆致で知られる若冲。いっぽう、本展に並ぶ作品はそうした緻密さとは異なる特徴をたたえている。例えば《布袋図》(個人蔵)。同作にどんと描かれた布袋はまん丸で、まるで「ゆるキャラ」のようだ。同作はこれまでほとんど展覧会に出品された経歴がないということもあり、レアな1作と言えよう。
山種美術館が所蔵する若冲作品の《伏見人形図》は、伏見稲荷付近でつくられる土人形「伏見人形」を描いたもの。若冲最晩年の作品だが、リズミカルに配された伏見人形、そしてその色使いが、若冲の表現の幅広さを伝えている。土人形らしい質感にも注目だ。
いっぽうの芦雪を見てみよう。《七福神図》(個人蔵)は、にこやかな七福神が描かれた作品だが、なかでも右端で居眠りする布袋の姿が愛らしい。また同じ布袋が描かれた《月見布袋図》(個人蔵)も、コロンとした布袋のフォルムと表情がなんともユニークだ。
芦雪といえば、《菊花子犬図》(個人蔵)も外せない。9匹の可愛い子犬たちがじゃれあうこの作品。芦雪の師である円山応挙も子犬のモチーフを描いているが、応挙に比べ、芦雪の子犬はその無邪気でのびやかな様子が特徴的だ。
第二章では、美しい風景や音が感じれるような作品が並ぶ。川合玉堂の《山雨一過》(山種美術館蔵)は峠の雨上がりの様子を描いたもので、画面の中を風が吹き抜けるようだ。
蒔絵師で絵師だった柴田是真の《墨林筆哥》は、粘性の高い漆で描く「漆絵」によるもので、30図を収めた画帖には、風景や動物、団子など様々なモチーフが描かれている。決して大きくはない画面だが、その密度は非常に高いと言えるだろう。
この章では、上村松園 《杜鵑を聴く》(山種美術館蔵)にも注目したい。タイトルに杜鵑とあるものの、画面にその姿は描かれておらず、あるのは耳を澄ませる女性の姿のみ。その仕草だけで夏の訪れを知らせる杜鵑の存在、鳴き声を想像させる卓越した作品だ。
第三章は、ふわふわもふもふとした動物や子供たちの姿が目を喜ばせてくれる。なかでも、奥村土牛によるアンゴラ兎を題材にした《兎》(山種美術館蔵)や、竹内栖鳳が生きものの一瞬を的確にとらえた《鴨雛》や《みみづく》(ともに山種美術館蔵)、山口華揚が生まれたばかりの仔牛を描いた《生》(山種美術館蔵)など、いずれも高い技術で描かれながら、のんびりとした気持ちを与えてくれる作品だ。
展覧会は、画家たちが自らの心を癒すために描いた作品で締められる。川合玉堂の《観世大士》(山種美術館蔵)は、20歳の年に亡くした母の面影を偲んで描いた観音像。晩年には、知人やその家族が亡くなった際に観音像を描き、贈っていたという。
このほか、奥村土牛が、小林古径が亡くなったことをきっかけに描いたという《浄心》、日本美術院の再興に携わった齋藤隆三を追悼して描いた《蓮》(ともに山種美術館蔵)なども展示。描くことで心を慰めた画家たちの作品は、他者を癒すことと同等に重要なものだろう。