『魔女の宅急便』の作者として知られる児童文学作家・角野栄子の世界観を表現した「魔法の文学館(江戸川区角野栄子児童文学館)」が、11月3日に東京都江戸川区の「なぎさ公園」内に開館。その全貌を、いち早くお届けする。
角野栄子は1935年東京生まれ。70年に『ルイジンニョ少年ブラジルをたずねて』で作家デビューし、『魔女の宅急便』などの代表作を生み出してきた。2018年には、児童文学の「小さなノーベル賞」と言われる国際アンデルセン賞作家賞を受賞している。
そんな角野の世界観を表現したという同館。設計を担ったのは建築家の隈研吾。花びらが広がる様子をデザインに落とし込んだ屋根(「フラワールーフ」)を特徴とし、屋内と屋外がゆるやかにつながる3階建ての施設となっている。アートディレクター・くぼしまりおによる内装デザインが光る館内には、「文学館」の名にふさわしい、1万冊もの本があるというから驚きだ。
エントランスを抜けた1階に広がるのは、『魔女の宅急便』の舞台となった「コリコの町」を模したエリア。正面の壁一面には、代表作のキャラクターたちが登場するプロジェクションマッピングが映されている。ときおり猫型のモニターを通して、角野栄子が、同館を楽しむ心得が詰まった言葉を語りかけてくる。
猫型のモニターに目を奪われ近づいていくと、家屋を模した複数の戸棚があることに気がつく。ぜひ、一つひとつ扉を引いて、覗き込んでみてほしい。びっくり箱のような仕掛けや視覚トリックが楽しめる小窓は、どれも遊び心に満ちている。
奥に進むと、そこは「コリコの町の本棚」のエリア。いちご色の世界の空間には、椅子やソファ、カーペットスペースが点在している。メリーゴーランドに乗るような高揚感、秘密基地にこもっているような安心感、座る場所によって異なる感覚に包まれて本と向き合うことができるのだ。むしろ、手に取った本に合わせて読む場所を決めることができるのが、この施設の魅力のひとつだと感じられるかもしれない。
壁沿いには「おうち型」の本棚が広がり、ところどころに黒猫のブックエンドがのぞいている。さらに「世界で読まれる角野文学」を紹介するコーナーがあり、ここでは世界各国の「キキ」と一度に出会うこともできるのだ。
階段の裏、黒猫のシルエットに導かれて廊下を進んでいくと、絵本の世界に没入する映像体験を叶える「黒猫シアター」にたどり着く。正面、左右、床の4面スクリーンは、キャラクターとともに道を進み、ときには宙に浮くような感覚を可能にしている。
じつは構築した3Dモデルの世界にキャラクターを配置し、それを360度カメラでキャプチャして、4スクリーンに割り当てて投影することで、こうした臨場感あふれる映像が実現したという。
取材日には「おばけのアッチ」が「ドララちゃん」を訪ねるストーリーで、10分程度のプログラムが上映された。観客は「おばけのアッチ」を応援したり手拍子し、クイズに参加することもあるというインタラクティブ性の高いものだった。プログラムは開館後にラインアップが増えるという。
階段で2階に上がると、「おうち型」の本棚がお出迎え。その右手に広がるライブラリーには、たくさんの本とウサギの耳が愛らしい椅子がたくさん並んでいる。目を凝らすとソファの布地もブックエンドも「コリコの町」をモチーフにしていることがわかり、細部から1階とのつながりが感じられるだろう。
ライブラリーから出ることができるテラスでも読書が可能。天気の良い日には、太陽の高さや風を感じながら本を読むといった、アウトドアな体験もできるという。
階段の左手には、「魔女の家」がテーマのギャラリーと「栄子さんのアトリエ」がある。ギャラリーでは半年に一度、企画展の開催が予定されている。
11月3日から始まる第1回は、角野栄子が『魔女の宅急便』を執筆した後に勤しんだ魔女研究の軌跡から構成された「魔女まじょ展」。当時の日記の展示や、コレクションされてきたユニークな魔女人形の数々は、作家の見た「魔女」の像を来館者に語りかけてくるだおる。なお、同展の会期は2024年4月8日まで。
同じく2階の「栄子さんのアトリエ」では、愛読書や直筆原稿、絵具の並ぶデスクの再現展示が楽しめる。さらに愛好するファッションを紹介するショーウィンドウや、奥には映像コーナーもあり、同館の誕生経緯や同館を貫く「いちご色」との関係も紐解かれている。
3階では、ガラス張りの向こうに旧江戸川を臨むことができる「カフェ・キキ」がオープン。「キキライス」や「チとキのサンドイッチ」など『おばけのアッチ』にちなんだスペシャルメニューなど、美味しくて世界観が詰まった料理の数々を堪能できるという。
帰路につこうと1階に降りる途中では、「おうち型」の本棚の一角に「栄子さんへのお手紙POST」の存在や、壁に記された「本をひらけばたのしい世界」という角野栄子の言葉と出会う。またトイレでもキャラクターの存在を感じられ、館内のどこを移動していても発見と出会いにあふれた空間となっている。
1階のショップでは、『魔女の宅急便』のシーンが描かれたポストカードや「コリコの町」をモチーフにしたマスキングテープ、『おばけのアッチ』『リンゴちゃん』のセレクトグッズなど、思わず手に取りたくなるような約100点が並ぶ。
なかでも「いちご色」のカトラリーは、コンプリートしたくなるに違いない。ショップバックは「いちご色」にキキの箒をモチーフが描かれているため、購入時にはぜひ、袋をお願いしてみてはいかがだろうか。
テーマパークのような非日常的で独創性に満ちた空間でありながら、1万冊の蔵書を有し一日中滞在したくなるような居心地の良さを兼ね備えた、まさに「魔法」のような文学館。そのオープンが待ち遠しい。