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2023.10.13

 「私」は沖縄に何を見るのか。沖縄のいまを撮り続ける石川真生の大規模個展が東京オペラシティ アートギャラリーで開催

沖縄を拠点にその現在を撮り続ける写真家・石川真生(いしかわ・まお)。その大規模個展「石川真生 ー私に何ができるかー」が、東京・初台の東京オペラシティ アートギャラリーで開幕した。会期は12月24日まで。

文・撮影=安原真広(ウェブ版「美術手帖」)

展示風景より、「大琉球写真絵巻」パート8(2020-2021)
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 沖縄のアイデンティティや現状を強く訴えながら制作活動を続ける写真家・石川真生(いしかわ・まお)。その大規模個展「石川真生 ー私に何ができるかー」が、東京・初台の東京オペラシティ アートギャラリーで開幕した。会期は12月24日まで。

展示風景より、「大琉球写真絵巻」パート10(2022-23)

 石川は1953年沖縄県大宜味村生まれ。70年代から写真を始め、74年にWORKSHOP写真学校東松照明教室で写真を学んだ。以降、現在に至るまで沖縄で生きる人々と、その困難な状況を最前線で見つめ続けてきた。本展は初期作品から最新作まで、石川の作歴をたどることができる大規模個展だ。

展示風景より、「基地を取り巻く人々」(1989)

 本展のレセプションにおいて、石川は沖縄人としての切実な怒りを報道陣に語った。「長年、私が日本人に対しての怒りを爆発させてきたことが、本展で作品を見た人々には伝わるはずだ。日本人は(第二次世界大戦で)沖縄を日本の盾にし、そしていまも(米軍や自衛隊の駐留などで)盾にし続けている。これが自分にとっては最後の展覧会となるかもしれないが、自分はこの言葉を伝えるために東京に来たと言っても過言ではない。人々には実際に沖縄に足を運んで、沖縄で何が起きているのかをその目で見て、自分の言葉で語ってほしい」。

石川真生

 展覧会では石川が制作してきたシリーズをほぼ年代順に紹介していく。「赤花 アカバナー 沖縄の女」(1975-77)は、石川が黒人バーに務めながら同僚の女性たちの生活を撮影したシリーズ。米軍と沖縄という政治的な対立軸を見つめながらも、石川がつねに個人として人間一人ひとりと出会うことを重視し、そこにカメラを据えてきたことがわかる。

展示風景より、「赤花 アカバナー 沖縄の女」(1975-77)

 こうした石川の姿勢は、沖縄喜劇の女王と呼ばれた仲田幸子とその一行を追った「沖縄芝居―仲田幸子一行物語」(1977-1992)や、那覇の安謝新港近くの港町で居酒屋を始めた際に出会った港湾や漁業の労働者を撮った「港町エレジー」(1983-86)、沖縄からフィラデルフィアに帰還した黒人兵、マイロン・カーを追った「Life in Philly」(1986)など、各シリーズにおいても表れていると言えるだろう。

展示風景より、「沖縄芝居―仲田幸子一行物語」(1977-1992)
展示風景より、「Life in Philly」(1986)

 沖縄に駐留する自衛隊をとらえた「沖縄と自衛隊」(1991-1995、2003-)では、自衛隊の日々の訓練や志願する受験生の面接など、自衛隊側から見た日常がそこに映し出されている。また、「基地を取り巻く人々」(1989)や「ヘリ基地建設に揺れるシマ」(1996)では、沖縄国際大学への米軍ヘリ墜落事故や普天間基地問題などを厳しく見つめながらも、同時に石川が活動家一人ひとり、米兵一人ひとりと対峙したことも伝わってくる。

展示風景より、「基地を取り巻く人々」(1989)
展示風景より、「ヘリ基地建設に揺れるシマ」(1996)

  石川は2000年に膵臓がんの、01年に直腸がんの手術を行い人工肛門となった。術後も転移が見つかったが、写真家としての活動のために抗がん剤治療を拒否している。「私の家族」(2001-05)は、そんな病に冒された自分自身を撮影することから始まったシリーズだ。被写体は自身から家族へと広がり、自らと同じ病で入院している母のやせ細った足も被写体にした。石川はこうした自身の写真のあり方を「ディレクター感覚」「突き放したところから見る」(ともにハンドアウトより)と述べている。カメラを通して対象を見るときの冷徹とも言える姿勢もまた、石川の作品の血脈となっている。

展示風景より、「私の家族」(2001-05)

  様々な出自やアイデンティティを持つ人々に日の丸を自由に表現してもらったシリーズ「日の丸を視る目」(1993-2011)や、恩納村の博物館で働いていた吉山森花と対話しながら制作したシリーズ「森花―夢の世界」(2012-13)など、多様な表現方法による作品も本展では見ることができる。

展示風景より、「森花―夢の世界」(2012-13)
展示風景より、「日の丸を視る目」(1993-2011)

 そして本展のクライマックスに据えられるのが「大琉球写真絵巻」だ。これは2014年から始まったシリーズで、沖縄の「庶民の歴史」を、絵巻のようにつなげた長大な作品だ。毎年制作されているこのシリーズだが、本展ではパート1(2014)、パート8(2020-2021)、パート9(2021-2022)、パート10(2022-23)の4シリーズを展示する。

展示風景より、「大琉球写真絵巻」パート10(2022-23)

 本シリーズには、基地問題をめぐる抗議活動や米軍の様子、生活者たちのポートレート、政治家を始めとした権力者を演じる人々など、そのときその瞬間にあった沖縄の多様な事象が複雑に同居している。つねに現地の最前線にレンズを向けて沖縄の現在を描こうとする石川の姿勢が、このシリーズによって強く印象づけられる。

展示風景より、「大琉球写真絵巻」パート1(2014)
展示風景より、「大琉球写真絵巻」パート9(2021-2022)

 本展のために制作された1万4000字にもなるハンドアウトは、各作品についての解説とともに石川のコメントも掲載されている。写っている人々が何者なのか、どういった事件や事象なのか、それに対して石川がどのように向き合ったのかが理解できるので、会場ではハンドアウトを読みながらひとつずつ鑑賞することをおすすめしたい。

展示風景より、「大琉球写真絵巻」パート1(2014)
展覧会のハンドアウト

 本展を見終えた観客は、改めてタイトルにある「私に何ができるか」という言葉の意味を考えることになるだろう。この「私」とは、石川真生という写真家であると同時に、その作品と対峙した観客一人ひとりのことでもある。石川の作品は、沖縄で何が起こっているのか、日本人である観客一人ひとりが「私」として対峙することを求めている。