過去14回の回数を重ねてきた関西を代表する芸術祭「六甲ミーツ・アート芸術散歩」。今年は「六甲ミーツ・アート芸術散歩2023 beyond」と題して開幕を迎えた。
これまでの同芸術祭にテーマは設けられていなかったが、今年は初めて「表現の向こう側(にあるもの)Beyond Representation」をテーマに設定。表現者それぞれの作品とその先にあるものに目を向けてもらおうというメッセージが込められている。
今年の会場は、六甲山上の9ヶ所(ROKKO森の音ミュージアム、六甲高山植物園、六甲ガーデンテラスエリア、六甲ケーブル、トレイルエリア、風の教会エリア、六甲有馬ロープウェー 六甲山頂駅、兵庫県立六甲山ビジターセンター、六甲山サイレンスリゾート)。これまで公募や招待によって選出された延べ470組以上のアーティストが作品展示を行ってきた同芸術祭だが、今年は招待枠を拡充しており、椿昇や川俣正、森山未來がキュレーションする「Artist in Residence KOBE(AiRK)」、伊丹豪、尾花賢一、開発好明、中﨑透、船井美佐、光岡幸一らが参加している。そのハイライトを見ていこう。
六甲ケーブルエリア
多くの人々がこの芸術祭を訪れる際に使用するのが六甲ケーブルだろう。六甲ケーブル下駅で菅原陸による巨大なチンパンジーの立体作品《となりにいてあげる》に見送られ、山上駅へ。約10分後には、強烈な違和感を与える轟木麻左臣の《ピエロ、ルーレット》が迎えてくれる。
六甲有馬ロープウェー 六甲山頂駅
いっぽう、六甲山と有馬温泉をつなぐ六甲有馬ロープウェーでは、ひらがなを使った土屋さやかによる《ひらがなサーカス》が目を楽しませてくれる。同駅にもともとある木組みの装飾からぶら下がるのは、人をテーマにした46文字。土屋が以前勤務していた学校で目にしていた子供たちの動きがヒントになっているという。見る者も明るい気持ちになるような作品群だ。
休止線である六甲山頂カンツリー駅のプラットフォーム。わにぶちみきの《Beyond the FUKEI》は、ここから見える風景を切り取り、それをデジタルでモザイク加工し、絵具で一色ずつ色を抜き出した。風景を抽象化したこの作品によって、デジタル社会において風景を見ることとは何かを問いかけている。
六甲ガーデンテラスエリア
六甲山頂駅から徒歩圏内の六甲ガーデンテラスでは、ノセレーナが日常にあるものをテーマにした写真作品シリーズ「ピョンコス」を展示。色と形を自由にコラージュした賑やかな作品が、風景のなかに違和感を呼び起こす。
ノセレーナの写真を横目に歩いていくと、突如とした巨大な鉄の塊が現れる。これは昭和の子供文化から影響を受けた作品を手がける橘宣行による《フライングギドラ》。様々な漫画やアニメから着想された部品を組み合わせることで、見たことがあるようでない物体をつくりあげた。
神戸や大阪が見下ろせる展望デッキには、武田真佳の《case》が象徴的に佇む。「容器としての彫刻」というアプローチによって制作されたこの作品。空に浮かぶ雲などを見るように、その存在を確かめてほしい。
ROKKO森の音ミュージアム&SKIガーデン
今回から六甲ミーツ・アートの拠点となるROKKO 森の音ミュージアム。ここで注目したいのは、山中suplex のメンバーであり、舞台美術も手がけるコニシユウゴ(たま製作所)による構造物《Moon Plants》だ。
何もない湖面に足場を組み、有機的なドームをつくりあげたこの作品。外壁は作家が配合した樹脂でできており、夜間になると月のように柔らかな光を放つ。「人間と自然の関係を見直したい」と語るコニシ。内部に設置された睡蓮を入れた水槽などを含め、全体で植物の循環が表現されている。
なお森の音ミュージアムでは、新設された野外展示エリアにも注目だ。ここでは船井美佐、三梨伸ら4作家の作品を会期終了後も3年に渡り長期的に展示される。
六甲高山植物園
牧野富太郎ゆかりの植物園である六甲高山植物園では、広大な敷地内を散策しながら作品に出会うことができる。
睡蓮が広がる池。このほとりに色鮮やかな巨大な木彫がそびえ立つ。北浦和也は「高山植物園の小便小僧」や「六甲山上駅展望台にあったキジのモニュメント」などをモチーフにした木彫を組み合わせ、「新たな循環」をイメージさせるキャッチーなオブジェをつくりあげた。
鮫島弓起雄の《山を解く》は、六甲山ならではのインスタレーションだ。標高を示す複数の数字と等高線を示す黒いライン。現実世界には存在しないガイドラインを実際の風景にインストールすることで、六甲山の地形を体感として理解し、自分が山の中にいる意識をより強くさせるものだ。
加藤美紗による《溢れる》。一見ガラスのように見えるインスタレーションだが、じつは透明度が高い700個もの水風船によって構成されており、実際に触れることもできる。見た目と触感のギャップが楽しいこの作品は、天気によってまったく表情を変える。
風の教会エリア
安藤忠雄の代表作のひとつとして広く知られる風の教会。その内部が、椿昇の「空気の彫刻」によって占拠された。銀色に輝く巨大作品は、デイジーの花をつけたゴリラがモチーフ。世界で初めてコンピューターが歌った歌とされている「Daisy Bell」をタイトルに引用したこの作品で、椿は「テクノロジーの手先として暴走するホモサピエンスへの根源的な疑問」を提示したという。
なおこの風の教会エリアでは、昨年秋に営業を終了した「旧六甲スカイヴィラ」とその離れの建物を利用した「六甲山芸術センター」も展示会場として活用されているので、こちらも見逃さないようにしたい。
兵庫県立六甲山ビジターセンター
神戸の市街地や神戸空港などが一望できる展望テラスを有する兵庫県立六甲山ビジターセンター。ここでは2作家に注目したい。
五月女かおるの《食事の風景》。金網でつくられている家畜=牛が食事をしている風景は、その裏側に食べる側である人間が入ることができる。動物が食用に加工されるというごく当たり前のこととして受け入れられている事実を、体験を通して可視化させる作品だ。
いっぽう、医学の知識を有する行う川本亮がつくりだしたのは巨大な蟻塚を模したもの。中南米の蟻塚から着想を得た《六甲の蟻塚》は、六甲山の泥で構成されており、六甲山の自然に晒されながら、会期中にその姿を変えていく。
トレイルルート
六甲ミーツ・アート芸術散歩の新たな試みとして、今回から徒歩で移動しながら作品を鑑賞できる「トレイルルート」が設定されている。山歩きと作品鑑賞を同時に楽しめるこのトレイルルートには、7作家の作品が設置されている。
ハイライトと言えるのは、中﨑透による《Sunny Day Light/ハルとテル》だろう。舞台となるのは戦前から残る古い山荘。中﨑はここに暮らしたある人物にインタビューを行い、ひとつの恋の物語をインスタレーションとして展開した。エピソードをオブジェと組み合わせ構成された16の場面。体験型の演劇のように追体験できる力作だ。
薄暗い木々の間に設置された《星のいるところ》は、東京を拠点にする横手太紀が六甲山の星の見え方から着想を得た作品。ふだん気に留めれることが少ない身の回りのものに着目する横手は、六甲山のあちこちで撮った埃や花粉などをまたたく星のように映像化させ、ネガティブなものにポジティブな輝きを与えた。周辺に配置された。害獣として駆除された鹿の皮を使用した動く彫刻作品にも注目だ。
川俣正の《六甲の浮き橋とテラス》は、人工の池に浮かぶ島に舞台を組み、そこへと続く浮き橋によって構成されている。芸術祭の多目的オープンテラスとしても機能する場所で、まるで昔からそこにあったかのような存在感を示す。恒久設置が期待される作品だ。
このトレイルルートは徒歩で30分程度の距離だが、古き良き別荘文化の名残を感じながら、作品も同時に楽しめる。ひとつ別のステージへと進み、地域との連携を強化しようというこの芸術祭の姿勢がよくわかるエリアと言えるだろう。