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門外不出の作品も。史上最大規模のフェルメール展がアムステルダム国立美術館で開幕

現存するとされるフェルメールの作品37点のうち、28点がアムステルダム国立美術館に集結。「Vermeer」展が幕を開けた。これまでほとんど知られていなかったフェルメールの人物像に迫る、圧倒的な展示を紐解く(作品の制作年はすべて展覧会公式サイトに基づくもの)。

文=河内秀子

展示風景より、《真珠の耳飾りの少女》(1664-67頃) Photo Rijksmuseum/ Henk Wildschut

門外不出の3作品が貸し出された

 すべての始まりは、ニューヨークだった。

 これまで五番街を離れたことがなかった、門外不出のフリックコレクション所蔵のフェルメール3点(《士官と笑う娘》《女と召使》《中断された音楽の稽古》)。「これが改装のため貸し出し可能になったことがきっかけだった」と、アムステルダム国立美術館のタコ・ディビッツ館長は言う。世界中の美術館であまたのファンを魅了するヨハネス・フェルメール。オランダを代表する画家の作品に故郷へ帰ってきてもらおうと、史上最大のフェルメール展覧会の企画が始まったのである。

 壊れやすく繊細で、価値も高く、移動が非常に難しいフェルメールの絵画。しかしニューヨーク、ワシントン、パリ、ベルリン、ドレスデン、東京、ダブリン……世界7ヶ国の美術館やコレクションが作品を送ってくれることに。国内でも「真珠の耳飾りの少女」が3月末までの期間限定ながらマウリッツハイス美術館から貸し出されるなど、名作28点が一堂に集まることになった。

 現存する作品も少なく寡作だったとも言われる作家のため、彼の作品だけをこれだけまとめて鑑賞することができるのは、ディビッツ館長曰く「一生に一度の機会」。私たちが生きている間にはこの規模の展示は実現しないだろうと言う。フェルメールの絵画一つひとつの魅力は言わずもがなだが、20年弱にわたる作品群を網羅するこの展覧会を見ていくと、これまで謎に包まれていたフェルメールの人物像が浮かび上がってきた。

アムステルダム国立美術館 Photo Rijksmuseum/ Henk Wildschut
会場エントランス 撮影=筆者

フェルメールとともに、デルフトの小道を歩く

 今回の会場は、アムステルダム国立美術館の企画展に使われる10部屋のギャラリー空間だ。絵画彫刻担当でフェルメール展のキュレーターでもあるピーター・ルーロフスは、28点の作品をどう配置するかで頭を悩ませたという。主に視点の動きに重点を置き、時には1部屋に1点だけと贅沢に空間を使って展示をつくり上げた。

 「外の世界から中へ。家の中にある日常的な風景、そして手紙や窓によって外の世界が中に取り込まれる。絵の中にいる女性の視線を追って、観客である私たちもまた外界へと誘われるのです」。

 階段を上って会場に入ると、左側に光を発する大きな窓がつくられていた。フェルメールの世界に観客を誘う仕掛けだ。目を動かすと、そこには大きなデルフトの街の風景が広がっていた。

展示風景より、《デルフトの眺望》(1660-61頃)と《デルフトの小路》(1658-59頃) Photo Rijksmuseum/ Henk Wildschut

 《デルフトの眺望》と《デルフトの小路》。煉瓦造りの家のドアは開き、その向こうで作業をしている女性たちの姿が見える。

 次の部屋には1654年から55年にかけて描かれた《マリアとマルタの家のキリスト》や、東京の国立西洋美術館所蔵の《聖プラクセディス》などごく初期の作品群が並べられている。宗教的なモチーフから、《取り持ち女》のような日常的な街の一瞬を描く風俗画へ。猥雑な売春宿の喧騒やどんよりと濁った空気の中で、娼婦が手にするワイングラスがぼんやりと輝く。これらの作品にはまだあの印象的な光の流れや構図は見受けられず、自身の作風を確立するために模索する若きフェルメールの逡巡が見える。

展示風景より、中央が《マリアとマルタの家のキリスト》(1654-55頃) Photo Rijksmuseum/ Henk Wildschut

1つの空間に1つの作品

 そして、1657年から58年にかけて描かれた《窓辺で手紙を読む女》。ドイツ、ドレスデンで大規模な修復を終え、塗り潰されていた画中画が再び姿を表したばかりの名作が、小さな部屋に1点だけ置かれている。絵の右側に描かれたカーテンと呼応するように、展示壁の両側に深い緑色のヴェルヴェットのカーテンが引かれ、絵の左側にある窓から差し込む光がいっそう明るく、印象深い。

展示風景より、《窓辺で手紙を読む女》(1657-58頃) 撮影=筆者

 次の部屋にも、《牛乳を注ぐ女》が1点だけ。静かな部屋の中でひとり作品と対峙していると、陶器のピッチャーから注がれる牛乳の音までもが聞こえてくるようだ。絵の中にも静謐な空間が広がり、柔らかな窓からの光が女性の手元を印象的に浮かび上がらせる。

 赤外線による調査などから、この背景の白壁の下にはもともと水差しを掛けた棚が描かれていたことがわかっている。日常生活の中にある一瞬を何気なく描いたようでいて、そこには作家の意図がある。「15人もの子供がいたフェルメール。絵の中には静けさを求めていたのかも?」と、ユーモアを交えたガイドの解説があった。

展示風景より、《牛乳を注ぐ女》(1658-59頃) Photo Rijksmuseum/ Henk Wildschut
会場内には数多く行われたリサーチによって解明された、制作プロセスの解説も 撮影=筆者

フェルメールに近づき、その息遣いを感じる

 一旦会場から外に出て、右ウイングの展示室へ。

 外光がたっぷりと入る空間に出てハッと目が覚める。これまですっかりフェルメールと同じ17世紀の世界にいたのだと、改めて気がつかされた。

 「外を眺める」「すぐ近くに」「外の世界からの手紙」「世界観」……。ここからの展示は、よりテーマが色濃く浮き出るつくりとなっている。《士官と笑う娘》、《手紙を書く女性と召使》と《リュートを調弦する女》が並び、窓からの光を受けて輝くような笑顔を見せる少女や、意思的な目で窓の外を眺める女性たちの視線を見せる。

展示風景より、《士官と笑う娘》(1657-58頃)と《手紙を書く女性と召使》(1670-71頃) Photo Rijksmuseum/ Henk Wildschut

 そして思った以上に小さな《レースを編む女》や《ヴァージナルの前に座る若い女》の作品では、思わず柵の前に乗り出して、目に見えないほどの細い糸を繰り、鍵盤の上に置かれた指先を描くフェルメールの筆致を思い、息を呑む。《真珠の耳飾りの少女》の、艶やかな肌や唇、潤んだ瞳にひきつけられる。

展示風景より、《レースを編む女》(1669-1670頃) 撮影=筆者

 「アップ・クローズ(すぐ近くで)」というテーマが掲げられたこの部屋。ワシントンD.C.のナショナル・ギャラリーが調査し、フェルメールではないとされた《フルートを持つ女》も、同美術館所蔵で同じようなサイズ、技術として比較された《赤い帽子の女》とともに展示されている。アムステルダム国立美術館は比較調査の結果、《フルートを持つ女》はフェルメール作と驚きの判断を下した。この機会に観客もすぐ近くに寄って見て、筆致や色合い、構図などを比較してみてほしいというわけだ。

《赤い帽子の女》と《フルートを持つ女》。じっくり見比べてみてほしい。肌色の影にうっすらと緑色を塗る手法は今日ではよく見られるが、17世紀のオランダではフェルメールが唯一使っていたと説明されている 撮影=筆者

“画家フェルメール”を実感する、唯一無二の展示

 近年進んだ高度なスキャン技術や解析、比較研究により、これまで見えなかった技法や顔料の使い方や下塗りなども解明されてきた。会場の中にも解説があり、鑑賞者にもキャンバスの前に立つフェルメールの迷いや、意図が伝わってくるのが興味深い。

《青衣の女》の、目を引く青い衣装の後に惹かれた一筋のタッチ。背景に描かれた地図の位置も少しずれている。緻密に構図を練り、何度も描きなおしたのだろう。

 《青衣の女》《恋文》《女主人と女中》《地理学者》《真珠のネックレスを持つ少女》《紳士とワインを飲む女》……。28点もの作品を一度に見ていくと、真珠や手紙、地図や地球儀といった象徴的なモチーフが何度もくり返し現れ、フェルメールの世界観、何に価値を見出していたのか伝わってくる。

 1670年〜74年の作品、死の1年前に完成したと考えられている大きな宗教画《信仰の寓意》で、この展覧会は幕を閉じる。そう、フェルメールの世界観には結婚を機に改宗したカトリックの信仰が大きく関わっていた。カメラ・オブスクラもイエズス会の科学的関心からの影響を受けたとも言われている。

 暗室にあけられた小さな穴から刺す光が、人の営みを照らし出す。その光を掴み、目を凝らそうとするフェルメール。こんなにも画家フェルメールを身近に感じる展覧会が、在っただろうか。

 オープン前にすでに20万枚ものチケットが売れるというアムステルダム国立美術館始まって以来の出来事に、急遽開館時間を延長することを決定。オンラインではいまも世界中からのチケット予約がひきもきらない。画家フェルメールをこれだけ体感できる展覧会にはもう出会えないだろう。千載一遇のチャンスを見逃さないでほしい。

展示風景より、《信仰の寓意》(1670-74頃)

編集部

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