丸山直文「水を蹴る―仙石原―」展で不穏な時代と対峙する

ポーラ美術館が、展覧会シリーズ「HIRAKU Project」の第14回目となる丸山直文「水を蹴る―仙石原―」展を開催中。会期は7月2日まで。

展示風景より、左から《水を蹴る(しかしやがて)》(2022)、《水を蹴る(そこに)》(2022)、《水を蹴る・仙石原(そこでは)》(2023) 画像提供=ポーラ美術館

 ポーラ美術振興財団の助成を受けた作家を紹介する展覧会シリーズ「HIRAKU Project」。その第14回目となる丸山直文「水を蹴る―仙石原―」展が、ポーラ美術館1階のアトリウム ギャラリーで開催されている。

 ポーラ美術振興財団は、1996年より毎年18名程度の若手作家を採択し、その海外研修のための助成金を給付する「若手芸術家の在外研修に対する助成」事業を行っている。27年間で430名以上の作家が助成を受けており、こうした作家たちの活動を紹介するのが、ポーラ美術館開館15周年にあたる2017年に同館「アトリウム ギャラリー」で始まった「HIRAKU Project」だ。

 1998年に同財団の助成を受けた丸山直文(1964年新潟県生まれ)は、1990年代以降の日本の重要なペインターのひとりとして第一線で活躍を続ける。2008年に芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞し、これまでの主な展覧会には「水を蹴る」(シュウゴアーツ、東京、2022)、「GROUND2 絵画を語る−⾒⽅を語る」(武蔵野美術⼤学美術館図書館 、東京、2016)、「丸山直文–後ろの正面」(目黒区美術館、東京、2008)などがある。

 本展の会場構成を手がけたのは、丸山と親交の深い建築家・青木淳。企画は岩﨑余帆子(ポーラ美術館学芸課長)と鈴木幸太(同館学芸員)だ。

展示風景より、左から《水を蹴る(しかしやがて)》、《水を蹴る(そこに)》(いずれも2022)

 丸山は、水を含ませた綿布を床に置き、水平な状態で作品を描くことで知られているアーティストで、「水」はその制作における重要な要素だ。本展「水を蹴る―仙石原―」では、水面を描いた作品4点に加え、ポーラ美術館を取り囲む箱根・仙石原の森を取材して生まれた新作2点が展示されている。

 水たまりを蹴り上げると、水面に映った静寂な世界が崩れてしまうことは容易に想像できるだろう。1990年代終わりより同じ技法を使って作品制作を続けている丸山は、2011年の東日本大震災が起きた際、アトリエで描いていた作品の表面に張った水や絵の具が揺れ動くことと、多くの街が津波で流された映像が奇妙にシンクロして見えたという。

展示風景より、左から《水を蹴る(ここから)》、《水を蹴る(この間に)》(いずれも2022)

 この経験について丸山は、「自分が立っている場所は、じつは不安定なものなのではないかと思うようになった。水を扱うことはたんに絵を描くための技法でなく、自分自身にとってのリアリティや社会における問題として意識し出した」と話している。

 また、仙石原の森を主題にした新作では、赤褐色の幹肌が特徴的なヒメシャラの木々が描かれている。湿潤な土壌でしか育たないというヒメシャラの木や、太古の時代にカルデラ湖の底にあった湿地帯である仙石原の地も、水を扱う丸山の独特な表現手法と響き合っている。

展示風景より、《水を蹴る・仙石原(そこでは)》(2023)
展示風景より、左から《水を蹴る・仙石原(あたりに)》(2023)、《水を蹴る(ここから)》(2022)

 青木による会場構成も丸山の絵画からインスピレーションを得て、重ね合わせた布によるモアレを水面に見立てたかたちでデザインされている。青木が語る「湿気を帯びた仙石原の空気が感じられるような」空間の一部の壁面は、薄い半透明のヴェールに覆われており、空気のなかにある水蒸気の粒子が光に照らされて輝き揺らぐような感覚が生まれ、同時に絶えず変化する水面のようなすこしの不安定感も感じさせる。

展示風景より、《水を蹴る(しかしやがて)》(2022) 画像提供=ポーラ美術館

 震災やパンデミックを経て、気候変動の影響が高まっているなか、この世界や私たち自身の不確かさを目の当たりにすることは少なくないだろう。曖昧に揺らぎ、ある種の不安定さが現れているこの空間で、水と森に囲まれながら静かな世界と向き合ってほしい。

編集部

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