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写真誕生の裏側にあった幾多の「失敗」。アーティスト・村上華子が見つめる写真の根源

ポーラ美術館がポーラ美術振興財団の助成を受けた作家を紹介する展覧会シリーズ「HIRAKU Project」。その第13回として、パリを拠点とするアーティスト・村上華子の個展「du désir de voir 写真の誕生」が開催されている。会期は2023年1月15日まで。

展示風景より

 写真の進化や可能性ではなく、あえてその「失敗」に着目する稀有な展覧会が、ポーラ美術館で行われている。

 本展「du  désir de voir 写真の誕生」は、ポーラ美術館がポーラ美術振興財団の助成を受けた作家を紹介する展覧会シリーズ「HIRAKU Project」の第13回として行われているもので、パリ在住のアーティスト・村上華子の個展だ。

 1984年東京生まれの村上は、写真の古典技法や活版印刷術など過去のものとされるメディアに関心を寄せ、緻密なリサーチに基づく写真やテキストによる作品を手がけてきた。2013年にポーラ美術振興財団の在外研修助成によって渡仏。以降パリに残り、「アルル国際写真フェスティバル(2019)」新人賞にノミネートされるなど、欧米を中心に活動している。日本での展示としては、水戸芸術館現代美術ギャラリーでの「クリテリオム96 村上華子」(2019)が記憶に新しい。

 この展覧会で村上がテーマに選んだのは、ニセフォール・ニエプス(1765〜1833)。ニエプスは「ダゲレオタイプ」で知られるルイ・ジャック・マンデ・ダゲール(1787〜1851)よりも先に、世界最古の写真を残したとされる人物。ニエプスは写真の発明に至るまでに数多の試行錯誤と失敗を繰り返している。村上はこの失敗に着目。いくつかの例を取り上げ、作品として現代に甦らせた。

展示風景より、村上華子《無題(ニエプスの庭)》(2022)
夜間の展示風景 提供=村上華子

 会場に並ぶのは25点の新作。村上がここまでまとまった数を日本で見せるケースは珍しい。展示室では、一つひとつの作品に「写真のはじまりは、」という書き出しで始まるテキストが付いており、鑑賞者はそれを読みながら作品を鑑賞するかたちとなる。

 エントランスにあるのは巨大な半透明のカーテン。《無題(ニエプスの庭)》と題されたこれは、ニエプスが写真発明において試行錯誤を繰り返した場所である庭を写したものだ。

 これを抜けると、展示室では真っ赤なネオンが存在感を放つ。《無題(見たいという欲望)》は、写真の発明のきっかけとなったダゲールの手紙の一節「あなたの、自然に基づいた習作を見たいという欲望に私は燃えている」から取られたもの。ダゲールの筆跡のままネオンにすることで、写真に対する欲望の強さが表現されている。

展示風景より、左が《無題(見たいという欲望)》(2022)。手前が《無題(覚書)》(2022)

 ニエプスは写真を発明した際、特許を取得することなく誰もが自由に使えるようにしたという。この姿勢をトレースするように、会場に積み重ねられたペーパー《無題(覚書)》は自由に持ち帰ることができる。

 そして何より興味深いのは、ニエプスの失敗例の作品化だ。例えば《無題(向かい合う石版石)》は内側が平らに研磨された石版石を擦り合わせることで写真を生み出そうとしたもの。《無題(材料一覧)》は、写真を発明するための素材のリストだが、そのなかには「カロリー」「嵐」といったものまで並んでいる。

 現代の私たちから見ると「フィクション」のように見えるこうした試みが、かつて実際に行われていたことに驚きを隠せない。

展示風景より、《無題(向かい合う石版石)》(2022)
展示風景より、《無題(材料一覧)》(2022)

 村上はニエプスについて、「写真の起源を探求するうえでニエプスは無視できない存在。彼の基礎研究があったがゆえにダゲールの発明につながったが、ダゲールの影に隠れて忘れられてしまった。評価されてこなかったニエプスという存在に光を当てたい」と話す。

 写真の概念は時代によってつねに更新されている。スマートフォンの普及によって、誰もが鮮明な写真が撮れるようになった現代は、写真=Instagramかもしれない。そうしたなか、村上はあえて写真の根源に目を向けた。「私にとっては、日々更新される写真の『最新』ではなく、『根源』を掘り起こすことに意味がある」。

 「もっとよく見たい」という欲望が掻き立てることで写真は進化してきた。村上はその欲望の原点を、ニエプスの不思議な魅力とともに共有しようとしている。その世界をそれぞれの目でじっくりと見つめてほしい。

展示風景より、《無題(網膜ふたつ)》(2022)
展示風景より Photo by Ken Kato
展示風景より、《無題(フィゾトタイプ)》(2022) Photo by Ken Kato
展示室にはほのかな香りが漂っている。これも作品だ

編集部

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