「日常/場違い」(2009)や「日常/ワケあり」(2011)、「日常/オフレコ」(2014)など、日常を作家の多様な視点によって切り取り、表現としてあらわした3本の企画展シリーズをかつて開催してきた神奈川県民ホールギャラリー。これに続くシリーズ企画展の第1弾として、「ドリーム/ランド」が開幕した。会期は2023年1月28日まで。
本展キュレーションを務めるのは、神奈川芸術文化財団のキュレーター・中野仁詞。中野は2010年にパリのポンピドゥー・センターで開催された「DREAMLANDS」に触発され、10年以上の構想を経て本展を実現させた。 「ドリーム」という言葉は、「夢のような世界(理想・楽しいこと)」「将来の夢(願望・希望)」 「悪夢を見る(睡眠時に脳が見せる観念や心像の世界)」「夢物語(儚い絵空事)」 など多様な意味合いを示す。いっぽうの「ランド」も国や土地、場所など様々な意味を持つ。
この展覧会は、「ドリーム」と「ランド」という2つのキーワードをもとに作家たちが具現化した作品と、トークやパフォーマンスによって構成される。参加作家は青山悟、枝史織、角文平、笹岡由梨子、林勇気、山嵜雷蔵、シンゴ・ヨシダの7作家。
工業用ミシンを用いて、近代化以降、変容し続ける人間性や労働の価値を問い続けながら、刺繍というメディアの枠を拡張させる作品を次々と発表する青山悟は今回、1万円札と1ドル札を刺繍で作品化した。
「Just a piece of fabric」と題された作品群では、資本主義における「ドリーム」である紙幣そのものの存在感が誇張されている。いっぽう、1億円分が入るという特注のジュラルミンケースの中には青山が実際の作品制作に要した時間(労働時間)を東京都の最低賃金で換算したタイムカードが収められており、経済格差への疑問を提示するものともなっている。
自然が生み出した地形などを取材し、複数の視点からとらえた空間を精緻な描写でつなぎ合わせた風景画のシリーズ「earthbound」を起点に制作を展開する山嵜雷蔵が描いたのは、「ドリーム/ランド」という言葉から着想された「宝島」だ。
誰もが聞いたことがある宝島という言葉だが、それは実際には存在しない。巨大な岩石のように描かれたその風景は、海を隔てた「向こう」にある、行けない存在としての宝島だ。展示室という海から作品を眺めるとき、あなたはそこに何を見出すだろうか。
日常的に見慣れたものを組み合わせることで本来のものが持つ機能や意味をずらし、新たな意味を見る側に連想させるような彫刻を制作する角文平。宇宙移住計画をストーリー化した作品も手がける角は《Monkey trail》と題された巨大インスタレーションをつくりあげた。
けもの道を意味する「Animal trail」ではなく、猿から人間への進化の過程を表現した《Monkey trail》。土地(ランド)を次々と開発し、最終的には地面(ランド)ではなく「空」に住むしかなくなってしまうという人間のストーリーが、1本の道をたどることで映画のように展開していく。
神奈川県民ホールギャラリーを特徴づける巨大な吹き抜け。本展ではここを林勇気の作品が覆い尽くす。自身で撮影した膨大な量の写真をコンピュータに 取り込み、切り抜き重ね合わせることで映像を制作する林。広大な会場には複数のプロジェクターが設置され、そこから投影される映像が空間を巡り続ける。映像には5000ものアイテムが登場。誰しもの記憶の中にあるもの=ドリームの断片が、暗闇の中で重なりあい、流れていく。
構造が違う展示空間のなかで、様々な「ドリーム」と「ランド」が複雑に交差する展覧会となった。