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2023.1.8

アートホテル「楽土庵」。民藝と現代アートを通じて富山の「土徳」を受け取る旅へ

富山・砺波平野の美しい農村景観「散居村」。築120年の古民家を再生した宿+レストラン「楽土庵」では、河井寛次郎や芹沢銈介ら民藝作家の作品、内藤礼などの現代アート作品に囲まれて宿泊し、土地の文化をサステナビリティの視点から現代的に見直す体験が待っている。

文・撮影=中島良平

楽土庵のエントランスでは、芹沢銈介による屏風、ジャスパー・モリソンの照明などが宿泊客を出迎えてくれる
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キーワードは「土徳(どとく)」

 「散居村」とは、広大な耕作地に民家が点在する集落形態を指す言葉だ。田んぼが広がる平野に数十戸ずつの集落が点在するのが日本に多く見られる農村の形態(=集村)だが、自然条件であったり、集団ではなく家族単位で行ったような開拓の背景であったり、いくつかの要因が重なって長い時間をかけて散居村は形成される。その日本最大規模の集落が富山県西部の砺波平野にある。本来は稲作に向かない水はけの良い扇状地だが、この地の豊富な雪解け水の恵みと人々の努力が重なって、水田が開拓されていった。水はけが良いため水管理がしやすいように、自らが耕した農地の近くに家を建てたことから、自然と家が散らばっていき、16世紀頃から約500年の歳月をかけてこの地の散居村は形成されたといわれている。

 例えば、冬の季節風と夏の日差しに備えて各家の南西側は「カイニョ」と呼ばれる屋敷林で覆われ、東側に開口する建築形態が共通している「アズマダチ」と名付けられた建物は、平野に点在していながらも、遠くから全景を見渡すと一定の規則に則った集落ができあがっていることがわかる。その散居村の景色は圧巻だ。

砺波平野の散居村を見下ろす
楽土庵。宿泊費の2パーセントが散居村保全活動の基金になるなど、地域がもつ本来の豊かさを受け継ぐために様々な取り組みを行う

 築120年の美しいアズマダチの古民家を残し、そこを拠点に散居村の風景と土地に伝わってきた文化を残そうと、一般社団法人 富山県西部観光社「水と匠」がこの10月にアートホテル「楽土庵」をオープンした。旅する人への癒しと地域の再生に寄与する「リジェネラティブ(再生)・ツーリズム」を推進すべく、1日3組限定の宿泊客を迎え入れるその建物は、古民家の趣を残しながら、民藝の考えを再解釈して集められた工芸やアート作品で彩られている。キーワードは「土徳(どとく)」。「水と匠」プロデューサーの林口砂里は次のように説明する。

 「民藝運動の創始者である柳宗悦がつくった言葉だといわれているのですが、ひとつエピソードが伝えられています。戦中・戦後、砺波地方に版画家の棟方志功が疎開していたのですが、柳をはじめ、濱田庄司や河井寛次郎、芹沢銈介、バーナード・リーチなどの民藝関係者も頻繁にこの地を訪れていました。そして、柳はこの地で棟方の作風がどんどんと変わっていく様子を目にしました。『わだばゴッホになる』と言って大成することを夢見て青森から出てきた自力の権化のような棟方が、この土地で浄土真宗の信仰に触れて『富山では、大きないただきものをしました。それは、「南無阿弥陀仏」でありました』という言葉を残したほどに、大きな影響を受けたことがわかっています。

 散居村の豊かな自然環境のなかで、人々は自然の恵みのありがたさを感じ、『おかげさまで』と他力に感謝する気持ちで暮らしてきました。柳は、この散居村には人が自然と一緒につくり上げてきた暮らしとともに、人に影響を与えるような『土徳』があると、人々の暮らしを見て表現したといわれています。土地に備わった品格のようなものでしょうか。言葉で説明するのは難しいのですが、そうした『土徳』を感じていただき、自然との共生を再考していただける宿泊体験を提供したいと考え、楽土庵をオープンしました」。

玄関の奥では、椅子に座った立礼のお点前によるお茶で到着した宿泊客をもてなす
ロビーには、ピエール・ジャンヌレがチャンディーガルの都市計画のためにデザインしたラウンジチェアが並ぶ

3部屋のみのエクスクルーシブな宿泊体験

 宿泊室は合計で3室。それぞれ壁と天井一面に手漉き和紙を使った「紙(し)」、表情豊かな絹をふんだんに使用した「絹(けん)」、土壁を採用した「土(ど)」と名付けられ、家具や調度品も含め、趣の異なる演出が施されている。

紙(し)の客室

「紙」の入口に飾られているのは、神谷麻穂による陶芸作品
「紙」の室内では、イサムノグチの「AKARI」とポール・ケアホルムのラウンジチェア「PK22」が迎えてくれる
この時の床の間の掛け軸は、芹沢銈介によるもの。しつらえは季節によって変わる

絹(けん)の客室

「絹」の客室。この地で最後の1軒となった絹織物機業が織った絹で覆われた壁と天井には、光と影が柔らかく浮かび上がる
「絹」の床の間には、棟方志功が版画で表現した河井寛次郎の詩集「火の願ひ」の1枚を表装した掛け軸と新羅時代の壺を飾る
さりげなく李朝のウサギの置物が置かれ、ウサギが跳ね躍る棟方の掛け軸の版画と呼応する

土(ど)の客室

調湿機能の高い土壁を採用した「土」の客室では、林友子が敷地内の土を採取して制作したコミッションワークを設置。その前には、河井寛次郎と濱田庄司の作品。楽土庵に設えられた作品の多くは、購入することも可能だ
「土」では、ハンス・J.ウェグナーのデザインによるソファとピエール・ジャンヌレをコーディネート
「土」のテラスは壁に開閉できる窓が設らえられており、水田と遠くの山の景色を眺めることができる

内藤礼を展示する意味

 民藝運動の作家の作品とともに、北欧のデザイナーによる家具や、西アジアのバルーチ族のラグ、地元の工芸作家の作品や飛騨の調箪笥など各地から集められた工芸品が、ジャンルを限定することなく集められている。そこには、自己表現としてのデザインではなく、土地の恵みを活用して受け継がれたものづくりや、使い手のことだけを考えて職人が手がけた美しい日用品など、人のはからいを超えた「他力美」が共通しており、調和して居心地の良い空間を生み出している。そしてひとつのハイライトが、内藤礼のドローイング作品《color beginning》(2021)2点と、彫刻作品《ひと》を展示した空間だ。

内藤礼《ひと》
内藤礼《color beginning》(2021)

 内藤が手がける作品は、見る人の心を映す鏡となる。ほとんど何も描かれていない画面を見ていると、そこに光やかたちが浮かび上がるように感じることがあれば、水滴を目で追ううちに自分の自然観を再考させられるようなこともある。ここの小さな《ひと》は、空間に存在する自分に目を向けさせるかもしれないし、淡く色の動きをとどめた《color beginning》は、じっと見ることで嗅覚や聴覚を敏感にさせるかもしれない。林口は内藤の作品に見る民藝的な要素をこう説明する。

 「このドローイングは、世界に色が生まれる瞬間をとらえようと、彼女が最近取り組んでいる作品です。礼さんは以前、どこかから彼女に働きかけてくるものがあって、それを受け取っていることを伝えるために表現をしている、というようなことを話されていました。それはまさに浄土真宗の教えにあるような『他力のはたらき』ですし、名もない職人、つくり手の『はからい』を離れることで美をつくり出すことに着目した民藝の視点とも通底するものを感じさせます」。

 屋内には、聖なる空間(仏間)を家にもとうと考える伝統的なアズマダチの考えに倣い、内藤礼の作品を設置した「聖(ひじり)空間」を設け、さらには対になるかたちで、屋外にも来春完成予定でインスタレーション制作が進められている。アートを目当てに宿泊に来れば、民俗学的な視点から集落の成り立ちを知り、そこでは現代人が未来に向けて模索するサステナブルな暮らしへの多くのヒントと出会うことができる。自然との共生や知足に意識を向けさせる豊かなメッセージを民藝とアートに囲まれた宿泊体験から受け取ってみてはいかがだろう。ゆっくり時間をつくり、足を運んでほしい旅の目的地が富山の散居村に生まれた。

併設されたレストラン「イルクリマ」では、地元の豊かな食材を用いたイタリア料理のスタイルで、富山の土徳を表現する
ブティック「水と匠」では、ホテルで使用される器や民藝にまつわる製品なども販売。写真は、土に水を加えたクリーム状の化粧土で装飾して焼き上げる「スリップウェア」の技法を駆使した柴田雅章の作品
棟方志功の版画作品も展示販売。2023年は棟方の生誕120年にあたり、富山県美術館から青森県立美術館、東京国立近代美術館へと巡回する「生誕120年『棟方志功展』」が開催される
楽土庵