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2022.11.5

坂茂が手がけたアートホテル。「ししいわハウス軽井沢」で特別な体験を

2019年に中軽井沢の地に誕生したブティックホテル「ししいわハウス軽井沢」。現在、2つの棟からなるこの宿は世界的建築家・坂茂がすべての設計を手がけたもので、館内には多数のアート作品が展示されている。特別なひとときを味わえるその空間をレポートでお届けしたい。

ししいわハウス軽井沢No.2(SSH No.2)。切妻屋根が特徴的なデザインだ
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 コロナ禍前の2019年、中軽井沢に開業したブティックホテル「ししいわハウス軽井沢」をご存知だろうか?

 ししいわハウス軽井沢は、現代建築とデザイン、アート、そして美食と自然環境との調和を考えてつくられたリトリート施設。建物の設計はプリツカー賞受賞建築家・坂茂が手がけており、その美意識はインテリアにも及んでいる。このホテルの創設者であるHDHP GK社のフェイ・ホアンは、サステナビリティの観点から坂茂を指名したのだという。

ししいわハウス軽井沢創設者のフェイ・ホアン

 投資家でありアートコレクターでもあるホアンは、なぜ日本でこのようなプロジェクトをスタートさせたのか? その理由については「都会の喧騒から離れた場所に、知的創造の建築空間をつくりたかったのだ」と話す。館内にテレビはない。軽井沢の自然に囲まれた空間は、まさに日常からのエスケープにもってこいだ。

 ホテルは、2019年オープンの「ししいわハウス軽井沢No.1(SSH No.1)」と、今年7月オープンの「ししいわハウス軽井沢No.2(SSH No.2)」の2棟からなる。このホテルを特徴づける重要な要素が、坂茂の建築と館内随所に展示されたアートだろう。今回はこの2大要素を中心に、内部をご紹介したい。

「具体」が核をなす「ししいわハウス軽井沢No.1(SSH No.1)」

 2019年にオープンした「SSH No.1」は軽井沢の豊かな景観を守るため、木々の間を縫うように設計され、滑らかな曲線が印象的な2階建ての隠れ家的建築。3つのテラス・ヴィラからなる全11室で構成されている。

木々に隠れるように建つ「ししいわハウス軽井沢No.1(SSH No.1)」

 ゲストが最初に足を踏み入れるのは、吹き抜けが気持ちいいライブラリー。アルヴァ・アアルトのアームチェアと、ギュンター・フォルグの抽象画《Grid Painting》(2006)が空間全体にアクセントを与えている。作品を構成する色彩が、周囲の自然と呼応するようだ。

ライブラリーは宿泊者専用のためゆっくりと読書ができる

 館内中心には暖炉を有する「グランドルーム」があり、巨大なガラス窓からは軽井沢の自然を存分に感じることができる。宿泊者同士が交流する場としても機能するグランドルームでは、アートはあくまで脇役だ。なおここでは坂がこの場所のためにデザインした巨大テーブルや、フランク・ロイド・ライトの照明「タリアセン」を思わせる間接照明にも注目してほしい。

「ししいわハウス軽井沢No.1(SSH No.1)」のグランドルーム
グランドルームにあるテーブルや椅子も坂茂デザイン。右手に見えるのは杉本博司《エンパイア・ステート・ビルディング)》(1997)

 客室もインテリアを含め、すべて坂茂が監修している。坂のシグニチャーとも言える「紙管」を使ったベッドボードや、坂が学生時代にデザインしたという間接照明など、完全に統一されたデザインがなんとも心地よい。もちろん、客室にもアートワークが展示されている。

客室内部(106号室)
坂茂が手がけた間接照明
バスルームからは軽井沢の自然が見える

 ししいわハウス軽井沢では棟ごとに展示のテーマがある。SSH No.1の中心となるのは「具体美術協会」(具体)の作品。創設者のホアンは、前衛作家集団としてそれまでの価値観を塗り替えようとした具体に、これまでにないホテルを目指す自らの姿勢を重ねたのだという。

 館内では元永定正、鷲見康夫、吉原治良ら3名の具体作家の作品を見ることができるほか、今井俊満や山田正亮、ザオ・ウーキー、ギュンター・フォルグらによる抽象画など、あわせて10点が展示されている。

客室共用部分より、鷲見康夫《Magi 913》(2008)
客室共用部分より、山田正亮《C.p. 57》(1960)
ライブラリーの中心をなすギュンター・フォルグ《Grid Painting》(2006)
客室共用部分より、ベルナール・ベネ《224.5 arcs》(2002)

写真作品が中心の「ししいわハウス軽井沢No.2(SSH No.2)」

 今年7月1日にオープンした2棟目「ししいわハウス軽井沢No.2(SSH No.2)」は、大きな切妻屋根が特徴的な建築。1階には12室の客室を、2階には自然と一体する大きなフォレストテラス付きのザ・レストランとバーを有する。無柱のトラス(三角形の骨組みを単位とした構造)によって生まれた広々とした空間が開放感を演出してくれる。

ししいわハウス軽井沢No.2(SSH No.2)の外観(レセプション側)。切妻屋根が特徴的だ
ししいわハウス軽井沢No.2(SSH No.2)の外観(フォレストテラス側)。長いスロープの先にテラスとレストランがある
軽井沢の空気を感じられるフォレストテラス
フォレストテラスと地続きとなっているザ・レストラン

 館内の作品は、SSH No.1がペインティング中心だったのに対し、こちらは写真作品が核をなす。ホアンはここを「現代の価値観を持つ若い人たちに向けた場所」だとしており、「ソーシャルメディアが普及した現代社会では、写真が果たすべき役割はますます重要になっている。本物の写真とはどういうものなのかを感じてほしい」と語る。

 SSH No.2を飾るのは17作家。およそ30点のオリジナルプリントだ。シリン・ネシャットやルース・バーンハードなど女性アーティストも積極的に取り上げており、人種問題や性差別など、いまだに解決していないソーシャルイシューについて考え、話し合う場になってほしいというホアンの思いが込められている。

SSH No.2の写真ギャラリー
SSH No.2の写真ギャラリー
奥に見えるのはフィリップ・ハルスマンによる《Georgia O' Keefe》(1948)
SSH No.2のレセプション前に展示されているのはギュンター・フォルグ《Grid Painting》(2011)
1階客室フロアにはハーレムなどを被写体とした写真家アーロン・シスキンドのオリジナルプリントが並ぶ
SSH No.2のキングルーム

 ただの飾りのためではなく、オーナーの明確な思想を体現するために展示されたアートワークの数々。これらは数ヶ月ごとに展示替えされる予定であり、シーズンごとに訪れる楽しみを提供してくれることだろう。

 なお、ししいわハウス軽井沢は「食」も抜かりない。メインダイニングの「ザ・レストラン」では、軽井沢の四季折々の食材をふんだんに使った料理を味わえるだけでなく、時間を忘れるような「ザ・ワイン&ウイスキー・バー」と「シガールーム」で長い夜も楽しめる。

「ザ・レストラン」の料理で味覚も刺激される
貴重なシングルモルトが並ぶ「ザ・ワイン&ウイスキー・バー」にも作品が展示されている。ジム・ショーの《Horror a Vacui #22》(1992)

 来春には、既存2棟とはまったく異なるデザインの西沢立衛設計による「SSH No.3」がオープンする。建築とアート、そして食という3つのレイヤーを思う存分堪能できるししいわハウス軽井沢。ここでしか体験し得ない特別なひとときが、そこにはある。

 なお軽井沢にはセゾン現代美術館をはじめ、多数の美術館が位置している。ししいわハウス軽井沢での滞在とあわせて美術館にもぜひ立ち寄ってもらいたい。