神奈川県横浜市西区の紅葉ケ丘地域に、9月1日、神奈川県立図書館の新たな本館が誕生した。建築やロゴマーク・サイン計画、家具計画・編集、家具デザインにおいて、1954年に開館した神奈川県立図書館旧本館(前川國男設計・現 前川國男館)の様々な要素を受け継ぎながら、「未来の図書館の王道」を体現した公共図書館プロジェクトだ。
「無料で本が借りられる場所」から、「教育」と「コミュニティ」の場へ。現在、世界的に公共図書館のあり方が変化するなかで、本プロジェクト監修の幅允孝(神奈川県教育委員会顧問・有限会社BACH)は以下のように語った。「神奈川県立図書館は図書館内外の境界をあいまいにすることで、より本への出会い方をもデザインしている。県立図書館として、いままでのアーカイヴスを守り継いでいきながら、『しっかりと本と向き合い、それを読み生かす』という読書の本義に新たな視点を差し込むことで、『未来の図書館の王道』をしっかり体現することがこのプロジェクトでは大切だった」。
図書館の全体設計には幅が語った方針に加え、日本のモダニズム建築を代表する建築家・前川國男によって設計され、1954年に竣工した神奈川県立図書館前川國男館の精神を受け継いだ、様々な要素が反映された。
設計を担当したのは奥野設計の石井秀明。前川國男館の特徴である日射を制御しながら自然光を室内に取り入れるためのホローブリック(有孔煉瓦ブロック)や、プレキャストコンクリートルーバー、隣接する県立音楽堂(前川國男設計)にも共通する、大きなガラスによる透明感と開放感というエッセンスを抽出。本と光に包まれながら本と向き合うことのできる空間を設計した。
ロゴマーク・サイン計画は木住野彰悟(グラフィックデザイン事務所 6D)が担当した。神奈川県立図書館が持つ重厚で伝統あるイメージをベースに、前川國男建築のアイコンとも言えるホローブリックをモチーフに表現したロゴマークだ。専門性や広域性を持つ県立図書館ならではの、個性的すぎないながらも、人を惹きつける新たな図書館像を示しているという。
また、館内のサインはロゴタイプの要素を利用して制作されており、より統一感のあるビジュアル設計がなされている。
図書館内装における家具計画・編集を担当した松澤剛(株式会社E&Y)は、家具デザインを担当した中坊壮介(Sosuke Nakabo Design Office)、二俣公一(KOICHI FUTATSUMATA STUDIO)とともに、神奈川県立図書館の歴史やこれからのあり方についての対話や司書からのヒアリングを経て、デザインを検討したという。
中坊が担当した閲覧ビッグテーブル&チェア・スツールは軽やかなデザインにも関わらず、本を読む人の体をしっかりと支えてくれる構造となっている。とくに、本を読む際に手首が当たりやすいテーブルの端が曲面に加工されているのがポイントだ。
二俣はラウンジチェアとローテーブルを手がけた。椅子そのものがゆったりとくつろいでいるような佇まいで、利用者もリラックスしながら読書を楽しむことができる。カラーバリエーションも複数存在し、エリアによって変わる空間の雰囲気を味わうことができる。
また、この家具設計に大きな影響を与えたのが、前川國男が設計した神奈川県立図書館のためにつくられ、今年4月に休館となる前まで館内に並んでいた、水之江忠臣デザインの天童木工製の椅子の存在だ。松澤は家具計画にあたって、一部の家具を天童木工と協働で制作することにより、70年前の想いを新たな本館に受け継ぐ大切な要素としている。
神奈川県立図書館本館は9月1日の開館後、館内で幅によるオープニングイベントや、上野千鶴子(東京大学名誉教授)、木村草太(東京都立大学大学院法学政治学研究科教授)による記念講演会を実施する予定だ。
紅葉ケ丘地域の学びの中核を担う新たな図書館として、また、「未来の図書館の王道」を示す場として、今後全国にこのようなプロジェクトが広がっていくことを期待したい。