768年に奈良盆地の東に位置する御蓋山の麓に造形された春日大社。全国に約1000社ある春日神社の総本社であり、世界文化遺産「古都奈良の文化財」のひとつとして登録されているこの神社にまつわる宝物を、杉本博司キュレーションによって紹介する特別展が、神奈川県立金沢文庫の「春日神霊の旅─杉本博司 常陸から大和へ」(会期〜3月21日)だ。
春日大社は平城宮鎮護の守護神であり藤原氏の氏神。また藤原氏の氏寺・興福寺とも密接な関係を持ち、神仏信仰の中核を成してきた。いっぽう、東国仏教の拠点となった称名寺・金沢文庫は鎌倉時代における奈良の窓口であり、膨大な春日大社・興福寺由来の仏教書を所蔵している。また、小田原文化財団も杉本博司が蒐集してきた春日信仰を中心とする神道美術を所蔵。2018年に金沢文庫で行われた特別展「顕われた神々―中世の霊場と唱導―」では、小田原文化財団所蔵の《十一面観音像》が出品されており、本展開催へとつながっている。
本展は序章を含む5章構成。杉本が古美術のみでキュレーションした稀有な展覧会だ。
序章「神々のすがた─杉本博司と『華厳滝』と『那智滝─』」では、本展で唯一の杉本作品とある《華厳滝図》(1977)と《那智滝図》(2012)とともに、上述の《十一面観音像》などの神道美術が並ぶ。
《十一面観音像》は普段、杉本が自宅で展示しているもの。彩色の省略で素地仕上げとなっていることや、細部の彫刻の省略などから平安時代の「神像」であると考えられている。それを取り囲むように並んだ光学硝子の五輪塔が、より神秘的な雰囲気を醸し出す。
この序章を抜け、2階に上がると1〜4章が続く。春日大社では、その景観や神の使いである鹿などを信仰の対象として描き、鏡や宮廷ゆかりの調度などが宝物として献納されていた。第1章「春日社景・鹿曼荼羅と古神宝ー春日信仰の世界」では、春日社が描かれた宮曼荼羅や社寺曼荼羅、あるいは神鹿が描かれた鹿曼荼羅とともに、様々な古神宝を展示。ここでは春日社で使用されていた竹製の油注にアーティスト・須田悦弘の《昼顔》を活けた特別な展示も見ることができる。
第2章「鹿島立ち-常陸から大和へ」では、春日大社の文化と関東の影響関係を示す軸や仏像、神宝などが紹介される。春日大社は、768年に鹿島神宮と香取神宮から神々が降臨し、建立されたとされている。これを「鹿島立ち」というが、その様子を描いたのが《鹿島立神影図》だ。また、この章ではかつて香取神宮の神座前に掲げられた日本最大級の懸仏など、インパクトの強い作品が並ぶ。
春日大社への信仰は、本殿に鎮座する春日四所の神々、「武甕槌命(たけみかづちのみこと)」「経津主命(ふつぬしのみこと)」「天児屋根命(あまのこやねのみこ)」「比売命(ひめのみこと)」を中心に展開するが、平安時代後期以降は興福寺との関係から、仏教とも密接に結びついていった。第3章「春日の神と仏─貞慶と明恵─」は、こうした神仏習合から生まれた、新たな宗教作品を紹介。
春日大社の御利益を描いた宮内庁三の丸尚蔵館所蔵の国宝《春日権現験記絵》(1309)や、60年にわたり行方不明となっていた《地蔵菩薩立像・神鹿像》(鎌倉時代)のほか、杉本博司と須田悦弘が補作した《春日神鹿像》(室町時代)などがハイライトとなっている。
終章となるのは第4章「春日若宮─新たな神の出現─」だ。春日若宮神は1003年に出現し、春日大社に鎮座した新しい神。その本地仏は文殊菩薩とされており、春日信仰においては中心的な位置を占めているという。
ここでは、本展のメインイメージとして使用されている《春日神鹿像》(鎌倉時代)に注目したい。本作は、春日若宮社伝来とされる木彫の春日神鹿像。杉本が発見した際には本体部分しか残っていなかったが、杉本の発案によってそこに須田悦弘が角、鞍、榊を補作。さらに、杉本がすでに入手していた文殊菩薩懸仏が取り付られた。
杉本博司の春日信仰への強い探究心を存分に感じることができる本展。会場も本展のために照明が一新されており、杉本は「1点1点が最上の状態で見られるように最大限の努力をした」と自信をのぞかせる。会期中、2月25日からは大幅な展示替えも予定されているので、2度会場を訪れたい。