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夭折のアーティスト・佐藤雅晴。その全映像作品が水戸芸術館現代美術ギャラリーで公開

ビデオカメラやスチルカメラで撮影した日常の風景をもとに、ペンツールを用いた「ロトスコープ」と呼ばれる技術でアニメーション化した映像作品で知られる佐藤雅晴。上顎癌との闘病の末、2019年に45歳で夭逝した作家による26点の全映像作品、38点の全平面作品を展示する回顧展が水戸芸術館現代美術ギャラリーでスタートした。

文・撮影=中島良平

水戸芸術館外観

 上顎癌との闘病の末、2019年に45歳で夭逝した作家・佐藤雅晴。その26点の全映像作品、38点の全平面作品を展示する回顧展が水戸芸術館現代美術ギャラリーでスタートした。

 1999年、東京藝術大学大学院修士課程修了後に佐藤は渡独し、デュッセルドルフ・クンストアカデミーに在籍したのち10年間をドイツで過ごす。その最初期の作品が、《I touch Dream #1》(1999)だ。木炭を用いて画面を部分的に変えながら描き続け、ひとコマひとコマのドローイングを撮影することでアニメーションを制作するウィリアム・ケントリッジに影響を受け、この作品を手がけた。

 壁に大きな紙を貼り付け、木炭で描き撮影したコマ数は1712枚に及ぶ。会場にはドローイングを撮影した写真が展示されているのだが、露出を調整しながら同じドローイングに向けて何度もシャッターを切っていることが示されており、撮影したカット数はおそらく1712を遥かに上回るはずだ。

展示風景より、《I touch Dream #1》(1999)
展示風景より、《I touch Dream #1》制作のための写真

 《I touch Dream #1》の対面に展示されているのは、日常風景をビデオカメラで撮影し、コンピュータに取り込みペンツールでトレースしてアニメーション化する「ロトスコープ」の技法で手がけた初の作品《TRAUM》(2004-07)。タイトルがドイツ語で「夢」を意味するこの作品は、佐藤が実際に見た夢にインスパイアされて制作したという。ひとりの青年がデュッセルドルフの街を走るトラムに乗り、ライン川沿いにそびえるラインタワーの展望台にたどり着くまでが描かれている。担当学芸員の井関悠が、佐藤が夢について語った言葉を紹介してくれた。

 「夢というものは、私たちの日常のなかで生じた無意識の反映だと思います。夢を具現化するために、その影響の元である日常を具体的に描きながら、そこに夢の断片をスライドさせることでより強く成立させようと試みています。ひと言で言ってしまえば、白昼夢の映像化のようなものです」。

 この作品を日本のアニメ制作会社に送り、アニメーターとして就職しようとしたが叶わなかった。しかし、友人のアーティストに誘われてグループ展で発表し、アーティスト活動の端緒となった記念碑的な作品だといえるだろう。

展示風景より、《TRAUM》(2004-07)
展示風景より、《アバター11》(2009)

 コンピュータ上で幾重にも色を重ね、写真の精細さを実現する超リアルな平面作品を佐藤は「フォトデジタルペインティング」と名付け、映像作品と並行して手がけた。そのなかで唯一、アニメーションに寄った平面作品が《LOOK》だ。実写映像とアニメーションの、写真とペインティングの境界を考察し続けた佐藤の視点を展示から読み取ることができる。

展示風景より、左から《LOOK》(2009)、《Butterfly Road》(2008)、《TRAUM》(2004-07)
展示風景より、左から《Rabbit》(2009)、《Hands》(2009)、《Silent》(2010)

 「ここまでがドイツの作品です」と担当学芸員の井関が紹介したのは、《Calling(ドイツ編》(2009-10)。誰もいない空間に電話が鳴り響く12場面をシングルチャンネルに映す映像作品だ。デュッセルドルフで実際に撮影した映像素材をベースに、アニメーション化した。取り壊しが予定されているフランス大使館の旧庁舎を会場に、2009年から2010年にかけて開催された「No Man’s Land」展に参加したことがきっかけとなった。不在の空間に鳴り響く電話の音。のちに日本編も制作されるのだが、カラオケボックスが舞台になったり、空間に文化が反映されている様子もひと目で伝わってくる。

展示風景より、《Calling(ドイツ編)》(2009-10)
展示風景より、《Calling(日本編)》(2014)

 2010年に帰国を決めた佐藤は、茨城県取手市に居を構える。あまり人のいない田舎の風景に美を感じ取り、雨の降りしきる様子を背景に、天使と悪魔の姿をした男女を主人公とするドラマ仕立ての作品《バインド・ドライブ》を制作した。長山洋子と影山時則が歌う夫婦演歌「絆」がカーステレオからBGMとして流れる。「バインド」に含まれる「束縛」のイメージ。夫婦なのか恋人同士なのかひと組の男女が悪魔と天使として描かれ、演歌が流れるなか、雨の降りしきる風景を共有する。

 2011年の東日本大震災を経て放射能と結びついてしまい、それまでと「雨」に対する人々の感覚が変わったことなどもこの描写に結びついたという。ドイツで日常の風景を撮影して作品に取り込んできた佐藤が、日本に拠点を移し、日本の環境だからできる表現を改めて考えて制作した作品だと言えるだろう。取手に居を構えた直後に上顎癌が発覚し、闘病生活を送りながらの制作はこの時期に始まった。

展示風景より、《バインド・ドライブ》(2010-11)
展示風景より、《バインド・ドライブ》(2010-11)

 2016年に原美術館で開催された個展「ハラドキュメンツ10佐藤雅晴—東京尾行」に向け、新作の制作を開始した。題材は、東京五輪に向けて変わりゆく東京。東京で撮影を開始し、12チャンネルの映像に90の風景を収めて完成させたのが《東京尾行》(2015-16)だ。制作中の2015年に癌の再発がわかり、病巣であった上顎を全摘出したが、その後も転移が見つかり治療が行われ、これまでの制作が叶わなくなった。

 それまでは背景も含めた画面全体をロトスコープの技法でトレースしていたが、《東京尾行》からはモチーフのみをアニメーション化する方法に転換した。身体的な負担を軽減させることが目的のひとつであり、同時に、鑑賞者の視線をそれ以前とは異なる方法で画面に誘導する契機にもなった。展示中央に置かれた自動演奏のピアノからはドビュッシーの「月の光」が流れており、《TRAUM》に関して残した「白昼夢」という作家の言葉が甦ってくる。佐藤が作品に収めたのは、東京五輪に向けて浮き足立った東京の白昼夢だったのではないかと。

展示風景より、《東京尾行》(2015-16)
展示風景より、左から《ゲーム》(2014)、《カップル》(2014)、《雪やコーヒー》(2014)
展示風景より、右から《Shortcake》(2014)、《1×1=1》(2015)

 東日本大震災によって、福島県の沿岸地域は甚大な被災をした。原発事故もあり、癌患者として放射性物質に恐怖を抱いていた佐藤は、被災地に足を運べずにいた。しかし2012年9月、被災して本社工場も多くの従業員の命も失った丸又蒲鉾製造という福島県いわき市の会社が工場を再建し、営業を本格的に再開したことを知ると、自然とその地に足を運びたい気持ちが生まれたという。

 丸又蒲鉾の工場を訪れた佐藤は、自動製造の7工程を撮影して7チャンネルで映す《ダテマキ》(2013)を制作。人が製造に加わる工程を省き、無人の製造プロセスのみを映すことで目を離せなくなってしまう中毒性のある映像美を完成させた。

展示風景より、《ダテマキ》(2013)
展示風景より、《9 holes(はい/いいえ)》(2012-13)

 前出の《東京尾行》の時期を経て、2017年末に佐藤は、完治の見込みがないことを主治医より告げられた。余命とどう向き合うかを考えた佐藤は、常磐線が富岡駅まで再開通したことを報じた新聞記事を目にし、自身のライフワークにしようと再び福島を訪れる決断をする。街が復興する様子と、人影の見当たらない帰還困難地域をあわせて撮影。全30シーンを収めたが、2018年9月に3ヶ月の余命宣告を受け、制作の中断を余儀なくされる。未完のまま、半年後の2019年2月末にトーキョーアーツアンドスペース本郷で開催された展覧会「霞はじめてたなびく」に展示された。

展示風景より、《福島尾行》(2018)
展示風景より、左から《Hands》(2017)、《バイバイカモン》(2010)

 ドイツから日本に拠点を移すタイミングで制作された代表作のひとつ、《バイバイカモン》の展示空間を抜けると、少し離れた展示室で、余命宣告を受けたのちに手がけた9点のアクリル画と1点の時計を用いた作品を見ることができる。外出もままならず、視力も失いつつあった佐藤だが、制作意欲が衰えることはなかった。死に向き合う感情と呼応するかのように、自宅の身の回りのものへの愛おしさが生まれたのだという。モチーフを撮影し、コンピュータで形をトレースしてから、初めて木製パネルにアクリル絵具で描いた。アニメーションなどのデジタル表現から、最期にアナログな作業で描き切った「死神先生」シリーズが展示を締め括る。

展示風景より、左から「死神先生」シリーズ《ガイコツ》(2018)、《now》(2018)。ただ規則的に秒針だけが回転する《now》に、佐藤は「現在」の重要さを表現した
展示風景より、左から「死神先生」シリーズ《コンセント》(2018)、《階段》(2018)、《段ボール箱》(2018)

 45年の生涯、20年弱の作家活動を振り返る佐藤雅晴「尾行—存在の不在/不在の存在」。絵画表現を出発点に新しい表現を探究し、また同時に、病と向き合いながら納得できる表現を模索した作家人生だったことが伝わってくる。ループ再生される作品も多い展示空間で、進んだり戻ったりを繰り返しながら何度も味わいたくなる作品が来場者を迎えてくれる。

展示風景より

編集部

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