世界を舞台に、オートクチュールや舞台衣裳のデザインで活躍してきたファッションデザイナー・森英恵。その軌跡をたどる展覧会が、2020年2月22日より水戸芸術館で開幕した。同館では00年に「森英恵展 東と西の出会い」を開催しており、20年ぶりの水戸芸術館での森の展覧会となる。
森は、1926年島根県出身。結婚後に東京・目黒のドレスメーカー女学院(現ドレスメーカー学院)に通って服飾を学び、51年に新宿でブティック「ひよしや」を開店した。
文化人が集まっていた当時の新宿で店は人気を集め、その評判はやがて映画人のあいだにも広まる。50〜60年代の日本映画黄金期には、小津安二郎や大島渚といった巨匠による作品の衣裳デザインも手がけるようになった森。本展示では当時の衣裳を映像とともに見ることができる。
1961年、森はパリへ外遊。そこでシャネルのオートクチュールのショーを見学し、女性が女性のためにデザインするその服に感銘を受ける。
また、同年にはニューヨークを訪れ、デパートで粗悪品として格安で売られる日本製のブラウスに失望し、さらに外国人に捨てられる哀れな日本人女性を描いた『蝶々夫人』の舞台を見て憤慨することになる。
この経験から、森は日本人女性の世界におけるイメージを、ファッションを通じて変えたいという強い思いに駆られ、ニューヨークでの作品発表を決意。4年後の65年には、ニョーヨークでショーを実現させ、世界への階段を昇りはじめる。
本展の入口に掲示された「私の蝶は銀色に輝くジェット機のイメージよ」は、このときの森の言葉だ。日本の良質な素材や技術によって、日本と日本人女性に対する世界のイメージを変えたいという思いが込められており、森の服づくりの思想を象徴している。
一貫してオートクチュールに情熱を注いだことも、森を語るうえでは外せない。オートクチュールは、現在の多くのメゾンで主流となっているプレタポルテ(高級既製服)とは異なり、顧客のオーダーに応えながら縫製される一点もののオーダーメイド服。森は77年に東洋人初のパリ・オートクチュール組合の会員となって活躍をはじめるが、当時はすでにプレタポルテが主流。しかしながら、森はあくまで日本のスタッフや職人たちの手仕事によるオートクチュールによって、世界で勝負することにこだわった。
会場では80年代から2000年代にかけて森が手がけたオートクチュールを展示。ファッションショーのランウェイの映像とともに展示しており、各年代における森のクリエイションを知ることができる。
さらに、森がアトリエで使用しているパターン、サンプル生地、トルソー、トワール、リボンやボタンといった仕事道具と材料も展示。オーダーメイドの世界で、多くの職人の仕事を指揮してきた、デザイナーとしての森の仕事の断片を感じられるだろう。
また、森は蝶のモチーフにもこだわり続け、森自身は「マダムバタフライ」と称されるほど、長年にわたり蝶を描いたオートクチュールをつくり続けている。本展ではオートクチュールの展示だけでなく、森が幼い頃に暮らした蝶が舞う旧六日市町の自然の色彩を、メディアアーティストの齋藤達也による体験型の映像作品で表現。森の発想の一端を垣間見ることができる。
さらに森は、オペラ、バレエ、能、歌舞伎、演劇など、さまざまな舞台衣裳も手がけている。本展では、そのなかでも美空ひばりの衣裳が大きく取り上げられる
美空ひばりの公演「不死鳥/美空ひばり in TOKYO DOME」(1988)で使用された、不死鳥のドレスやコクリコをイメージした真紅のドレスは、美空ひばりを象徴するものとして、多くの人が目にしたことのあるものだろう。さらに、2019年の「NHK紅白歌合戦」で登場した「AIでよみがえる美空ひばり」の衣裳も、森のドキュメンタリー映像とともに展示されている。
森は、劇団四季やその創設者である浅利慶太との関係も深い。浅利慶太が演出を手がけ、ミラノ・スカラ座で上演された『蝶々夫人』(1985)の衣裳。森がニューヨークで観劇した欧米の人間が描いた日本ではなく、日本の美を日本のスタッフでつくりたいという思いが投影されている。
企業や団体のユニフォームも、森は数多く手がけている。バルセロナオリンピック(1992)時の日本選手団のものや、日本航空の4〜6代目の客室乗務員のものなど、森の仕事の幅を知ることができるユニフォームが多数展示される。
数々のデザイナー、アーティスト、写真家とも森は仕事をともにしてきた。表参道にあったハナエ・モリビルのマークをデザインしたデザイナー・田中一光。ファッションポートレートを手がけた写真家・リチャード・アヴェドン。森を被写体として仕事中の多くのポートレートを手がけた奈良原一高。森が多くの作家と協業し、自身のイメージを膨らませていたことがうかがえる。
ファッションデザイナーならではの視点から、日本人女性としての生き方を世界に向けて発信してきた森。その軌跡を、豊富な展示品とともに追うことができる展覧会となっている。