群⾺県太⽥市にある1798年建⽴の「曹源寺さざえ堂」。そして同じく太田市にある2017年開館の太田市美術館・図書館。このふたつに共通するキーワード、「螺旋」を冠した展覧会「太⽥の美術vol.3 2020年のさざえ堂──現代の螺旋と100枚の絵」がスタートした。
「さざえ堂」は、内部が⼀⽅通⾏となっており、上りと下りが合流しない回廊構造の日本建築。曹源寺さざえ堂の内部は三層構造となっており、100ヶ所の観⾳霊場を巡礼する平安時代の「百観⾳巡礼」にならい、計100体の観⾳像が安置されている。
タイトルに「太田の美術」とある本展。曹源寺さざえ堂が18年12月に国指定の重要文化財として指定されたことを契機に、「地元文化を美術館視点で見つめる」というのがその骨子だ。
会場となる太田市美術館・図書館は、曹源寺さざえ堂と同じ3階建て。美術館のルートと図書館のルートが螺旋状になっており、設計者・平田晃久は設計段階で曹源寺を意識していたのだという。
本展に参加するのは、高橋大輔、蓮沼執太、三瀬夏之介、持⽥敦⼦の4人。三瀬、蓮沼、持田は「さざえ堂と螺旋」をテーマに、高橋は「百観音巡礼」をテーマに作品を制作した。
既存の日本画の枠組みから逸脱する作品を数多く手がける三瀬。本展では、巨大な作品に別の作品を掛けたり、空いた穴から別の作品が見えたりと、視点を固定させない空間を構成した。
平面作品に特製の足をつけたり、8曲1隻屏風の作品を段にした台に置いたりすることで、展示室内に「螺旋」を展開した三瀬は「展示室全体をサザエの構造に見立てた」という。その中心にあるのは、奈良・東大寺の大仏の顔を原寸大に描いた《ぼくの神さま》(2015)だ。自然災害が多発する現代において、「祈り」を欠かせないものとする三瀬ならではの構成と言える。
この三瀬作品を取り囲むように、高橋の絵画が展示されている。高橋は今回、1階に34枚、2階に33枚、3階に33枚の計100枚の絵画を展示。鑑賞者はこの100枚をたどるように、展示室を巡っていく。
1階には、《肩》《トーフとナメコ》《光にかざす、ポリ袋》など、具体的なタイトルが付された作品が並ぶ。タイトルと照らしあわせながら見ていくと、一部が三瀬の作品と密接に関わりあっているのがわかるだろう。
美術館の螺旋を強く感じさせる2階へと続くスロープでは、蓮沼執太が制作した新作《Walking Score(spiral)》(2020)が響く。蓮沼は、ある特定の場所の音をマイクで収集しつつ、収集する様子を映像としても見せるという「Walking score」シリーズを展開してきた。
本展のために蓮沼は、太田市美術館・図書館と曹源寺さざえ堂でシリーズ最新作を制作。「環境にある音は、何かと何かの接触で鳴っている。(ウォーキング・スコアは)フィールドとマイクが接触することで音が鳴る。今回は建築のマテリアルにも向き合えた」と話す。美術館とさざえ堂の音が会場で混ざり合い、ふたつの場所をつなぐ。
スロープの先にある2階展示室では、持田が通常の美術館展覧会では見られないようなダイナミックな作品をつくり出した。かつて、自身の祖父母が暮らしていた建物の縁側をくり抜き、そこを回転させる作品《T家の回転》(2017)を手がけた持田。この発展形とも言えるのが、展示室の中心にある《距離の問題、空間の変容、位置のゆらぎ》(2020)だ。
一見すると、小さな展示室が4つ連なるだけの空間で、壁には高橋の絵画が展示されている。しかし、その壁の一部は螺旋を描くように回転し、見える景色は一変する。
持田が曹源寺さざえ堂と太田市美術館・図書館で「迷宮のような感覚を覚えた」ことから生まれたこの作品。固定された壁の絵画と回転する壁の絵画の位置関係は、回転によって変化。見るタイミングによって異なる風景が出現する、という仕掛けだ。「螺旋」というテーマをもっとも端的かつわかりやすく表した作品だろう(なお回転のタイミングについては不定期予定)。
この空間を抜けた先の3階は、高橋の作品だけで構成された展示室だ。整然と壁に掛かった絵画。高橋は、美術品輸送を担当したヤマトグローバルロジスティクスジャパンが展示作業のために床に絵画を寝かせた配置から発想し、壁面を構成した。
本展100枚目の絵画が迎えるこの部屋。展示を担当した同館学芸員・小金沢智は、「百観音巡礼」と100枚の絵画の関係についてこう語る。「曹源寺さざえ堂は宗教施設でありながら『見世物』的な要素もある。いっぽう明治以降は、それまで寺社仏閣が担ってきた作品の開陳(展示)を美術館が担うようになった。展示するのはいまや一般的だが、それはもしかしたら百観音巡礼のような過去とつながっているのではないか。そこを接続したいと考えた」。
200年以上の時を隔てて生まれた、太田市のふたつの螺旋の建築。現代美術を軸に、太田の歴史をつなぐ試みとなった。