今年、生誕260年を迎える江戸時代後期の浮世絵師・葛飾北斎(1760~1849)。「富嶽三十六景」をはじめとする数々の代表作を残し、いまなお高い人気を誇るこの浮世絵師には、孫弟子を含め200人もの弟子たちが存在した。
その北斎と弟子たちの影響関係に焦点を当てた展覧会「北斎師弟対決!」が、東京・両国のすみだ北斎美術館で開幕した。
本展に出品されているのは、すみだ北斎美術館所蔵品から選りすぐられた、北斎と20人の弟子たちの作品。展示のテーマを「人物」「風景」「動物」「エトセトラ」の4章に分け、画題ごとに北斎と弟子の作品を比較することで、それぞれの画風の特徴や影響関係に迫るというものだ。
同館館長・橋本光明はこう語る。「北斎はひとつの型に固執したわけではない。狩野派や琳派もわかったうえで、西洋や中国の画法を体得しながら『師』となっていった。北斎の画風が幅広いからこそ、弟子たちも個性を生かすことができた。どこの部分が北斎の影響を受けたのか、どこで独自性を発揮したのかを見ていただきたい」。
いっぽう、担当学芸員の山際真穂は、本展の狙いについて「師匠(北斎)の名の影に隠れていた、弟子たちの作品や姿を浮き彫りにする」と話す。
本展では、北斎と弟子の作品が対になるように展示されている。例えば、北斎の《春興五十三駄之内 白須賀》(1804)と、娘・応為(生没年不詳)の《『女重宝記』四 女ぼう香聞く処》(1847)。
北斎は柏餅をつくる女性を描き、いっぽうの応為はお香を練る女性を描いた。ともに女性が手を動かす姿が描かれているが、注目すべきは手の描写だ。北斎は、美人画においては応為に及ばないと語ったことが伝わっているが、それを物語るように、北斎が描いた手に比べ、応為が描いた手の描写は非常に繊細であることがわかる。
人物描写では、武者絵からも違いを読み取ることができる。北斎の《鎌倉の権五郎景政 鳥の海弥三郎保則》(1830-44)と、卍楼北鵞(まんじろう・ほくが、?~1856)の《椿説弓張月 巻中略図 山雄(狼ノ名也) 主のために蠎蛇を噛んで山中に躯を止む》(1830-44)は、ともに勇壮な武者を描いた作品だ。
武将の顔は似ているものの、北鵞の作品では食いしばった歯の描写や眼が血走った描写など、より鬼気迫るものがある。山際はここから「模倣ではなく、自分なりの表現を追求したことがわかる」と語る。
北斎の代名詞でもある「冨嶽三十六景」も、弟子によって描かれている。《冨嶽三十六景 隠田の水車》を描いた春婦斎北妙(しゅんぷさい・ほくみょう)は、北斎の作品を忠実に再現しながら、3分の1ほどのミニチュア版を制作。ミニチュアとして描くことで生じる、ディテールの簡略化に北妙の個性が見える。
北斎による絵手『北斎漫画』は、今回の本展テーマに打ってつけの題材だ。北斎の愛らしい猫の描写を学んだ魚屋北渓(ととや・ほっけい、1780~1850)と葛飾為斎(1821~1880)。北渓は《北里十二時》(刊年不詳)に、為斎は《『山水花鳥早引漫画』第二編 猫》(刊年不詳)に北斎漫画風の猫を描きこんだ。猫の背中や尻尾の様子などは似ているものの、模様は微妙に異なっている。「それぞれの工夫がわかると同時に、弟子たちがどのように北斎の絵手本を使っていたのか、そして弟子たちの北斎を伝承したいという気持ちが感じ取れる」と山際は話す。
分かりやすい絵の比較というだけでなく、北斎作品伝承の研究成果でもある本展。すみだ北斎美術館ならではの企画だと言えるだろう。
なお北斎関連では今年、北斎を柳楽優弥と田中泯が演じる映画『HOKUSAI』や、北斎を含む浮世絵師たちの作品を一堂に集めた「The UKIYO-E 2020 ― 日本三大浮世絵コレクション」(東京都美術館)なども予定されている。こちらもあわせてチェックしたい。