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NEWS / REPORT - 2019.6.15

フェイクニュース、ブレグジットの時代における、アートの身振り。「ヴェネチア・ビエンナーレ第58回国際美術展」の見どころとは?

2年に一度、イタリア・ヴェネチアで開かれる世界最大の国際美術展が今年も開幕した。今回、79組のアーティストが参加した企画展では、女性および40歳以下のアーティストの割合がともに半数を超えるという初めての回となった。90ヶ国が参加する国別パヴィリオンの様子も含め、フランス在住のアートプロジェクトマネージャー・飯田真実がレポートする。

文=飯田真実

リトアニア館「Sun & Sea (Marina)」展展示風景 Photo by Andrea Avezzù, Courtesy La Biennale di Venezia

 イタリアの水都・ヴェネチアが芸術文化の発展に寄与するために1895年から開催しているヴェネチア・ビエンナーレ。世界や日本各地で行われる国際芸術祭のルーツだ。金獅子賞などの賞を競う「オリンピック形式」が採用されており、芸術監督による企画展に招聘されたアーティスト、そして各国の名前を冠した国別パヴィリオンそれぞれに贈られる。

 スイスのキュレーター、ハラルド・ゼーマン(1933〜2005)が、権威などに縛られず若手アーティストに展示の機会を解放する「アペルト」(Aperto)をスタートさせたのが1980年のこと。その精神は1998年からヴェネチア・ビエンナーレ会長を務めるパオロ・バラタが証言する通り、今回、芸術監督に選任されたロンドンのヘイワードギャラリー館長ラルフ・ルゴフに引き継がれている。今年の企画展に招聘された79組のアーティストはすべて存命作家で、うち半数以上の47組が40歳以下なのである。

5月11日に行われた授賞発表会の様子 Courtesy La Biennale di Venezia

 いっぽう国別パビリオンは90ヶ国を数え、うちガーナ、マダガスカル、マレーシアとフィリピンが初参加となった。時事を反映するこれらの展覧会を通じて、現在進行形の様々な社会問題とアートの関わり方、そこに見られる多様性や共通項などが毎回議論される。来場者の数も近年増加傾向にあり、今年5月8日から10日に行われた内覧会期間だけでも世界から5000人以上の記者が、また3万人以上のアート関係者が招待された。

企画展「May You Live in Interesting Times」の見どころ

 ルゴフ芸術監督は、昨今の政治やビジュアル・コミュニケーションにおける言論やイメージの信憑性と、それに対して単純化する人間の対応や、はては無反応といった現象を危惧する。「May You Live in Interesting Times(数奇な時代を生きられますように)」というテーマは古代中国に由来するもので、イギリスの政治家が使用してきたという言説からきている。危機や混沌と向きあったときにも、アートはなんらかの指針を示せる――それをいま一度確認するため、一義的な意味を持つ作品ではなく、表現領域が複数にまたがり多義的な議論を呼びうるアーティストたちの実践を見せる展覧会を意図した。

 前回120組だった作家数を79組にまで絞ったのは、企画展の会場であるアルセナーレとジャルディーニの2ヶ所で同じアーティストが別の作品を見せる構成にしたからだ。鑑賞者は同じアーティストの異なる作品を各会場で見ることで、彼らが取り組むテーマや表現を複合的に見ることができる。

 とくに今回は、歴史上初めて女性の作家数が42と全体の半数を超えたことに注目したい。金獅子賞こそ、ともにアメリカ出身で黒人差別や人権のあり方に取り組む男性作家のアーサー・ジャファとジミー・ダーハム(これまでの功績に対する栄誉金獅子賞)が受賞したが、若手へ贈られる銀獅子賞をキプロス出身のハリス・エパミノンダ、特別表彰をメキシコ出身のテレサ・マルゴレス、ナイジェリア出身のオトボング・ンカンガが受賞し、各世代の女性アーティストの活躍が評価された。

コラージュの手法を空間に展開するハリス・エパミノンダの《VOL. XXVII. 2019》(2019)。来年閉館する原美術館での展示準備のため、この夏に日本に滞在予定 撮影=木村尚貴

 ヴェネチアに来るとその長いアカデミックな絵画史が頭によぎるが、現在アメリカで活躍する若手女性画家のエイヴリー・シンガー(1987〜)やンジデカ・アクニュリ・クロズビー(1983〜)の表現は現在形で進化する現代絵画の一例だ。シンガーは出身地ニューヨークを拠点に活動。クロズビーはナイジェリア出身で18歳の時に米国へ移住、現在はロサンゼルスで活動している。前者はコンピューターのエアブラシや3Dプログラムを駆使して、後者は自身の日常にある現代アフリカのディアスポラを示す表象を描くことで、複数のレイヤーが重なった世界を再構成する。

展示風景より、エイヴリー・シンガー《自画像(2018年、夏)》(2018)
Photo by Andrea Avezzù, Courtesy La Biennale di Venezia
ンジデカ・アクニュリ・クロズビーの展示風景
Courtesy the artist, Victoria Miro, and David Zwirner

 フランスとドイツを代表するドミニク・ゴンザレス=フォレステル(1965〜)とヒト・シュタイエル(1966〜)は、科学技術がつくるアートの作用をそれぞれ新作で問う。アルセナーレ会場のゴンザレス=フォレステルによる展示「Endodrome」では、鑑賞者は拡張現実を映すヘッドセットをつけ、様々な色彩の層による風景に没入することで新たな感情や想像力を持つような体験をする。

 人工知能がつくり出すナラティブに取り組むシュタイエルは、ジャルディーニ会場で今年没後500周年を迎えるイタリア・ルネサンスの巨匠レオナルド・ダ・ヴィンチが倫理感から封印した潜水艦技術をテーマに、破壊と紙一重の創造における人間性を考察するビデオ作品を上映している。

展示風景より、ヒト・シュタイエル《Leonardo’s Submarine》(2019)
Photo by Francesco Galli, Courtesy La Biennale di Venezia

 日本の片山真理(1987〜)と、南アフリカ共和国出身のザネレ・ムホリ(1972〜)の写真作品は、ジャルディーニ会場で同じ空間に展示された。それぞれ、身体障害や性的マイノリティなどをテーマとした自身のセルフポートレートに取り組んでおり、その創作性の高い演出を加えた表現により、鑑賞者のあらゆる既成概念を超えた地点で対話が生み出される。より広いアルセナーレ会場でまったく異なる様相の作品を展開したアーティストに比して、彼女らの作品は2つの会場をつなぐアイコンとして機能していた。

ザネレ・ムホリの展示風景
Photo by Francesco Galli, Courtesy La Biennale di Venezia

国別パヴィリオンの見どころ

 国別パビリオンでも女性の活躍が目立つ。しかし、ここでは一歩踏み込んで、男女の二択ではない性を表明しているアーティストを含め、言語文化を触覚的なコミュニケーションに還元し、新たな意思疎通を試みるスコットランド館、フランス館、オーストラリア館と、最後に金賞を受賞したリトアニア館の代表アーティストによる展示に触れたい。

スコットランド館

 シャーロット・プロジャー(1974〜)はクィアを表明しているイングランド出身グラスゴー在住のアーティスト。近年は様々なデジタルデバイスを用いながら撮影した風景にクィアのアイデンティティを探求する自伝的な映像を制作し、2018年には全編iPhoneで撮影した《BRIDGIT》などが評価されターナー賞を受賞した。新作《SaF05》では、ボツワナに生息するたてがみのあるメスライオンを追った映像のフッテージに、ナレーションや効果音で自身の思春期の記憶を重ねる。ちなみに、スコットランド館は正式には国別パヴィリオン登録国ではなく、関連イベントとされている(英国館は国別パヴィリオンのリストにあるが、今後構成国の独立などによる変化があるかは不明)。

シャーロット・プロジャー SaF05 2019
Courtesy of the artist

フランス館

 英仏海峡トンネルでつながるイギリスとフランス。2国はパヴィリオンも隣り合う(パヴィリオン裏側の茂みから会場に入ると床下の土に掘られた穴があるが、入り口のドーセントにこの穴を通るとイギリス館に行けると囁かれている)。ロール・プルーヴォ(1978〜)は18歳でフランスを離れ英国で学び、現在もロンドンを活動拠点のひとつとしている。フランス女性初めてのターナー賞を35歳で受賞。実世界と並行して存在する超現実的世界を映像やつくり込まれたインスタレーションなどで表現する。ノートルダム大聖堂の火事やシュヴァルの理想郷など非現実のような現実のシーンが含まれるロードムービーが流れる周囲で、世界を構成する様々な非人間のオブジェと生身のパフォーマーが空想の(擬似の)水面に漂い、2つの世界がつながる。

フランス館「ロール・プルーヴォ Deep See Blue Surrounding You」展展示風景
Photo by Francesco Galli, Courtesy La Biennale di Venezia

オーストラリア館

 シドニーとパリで活動し、オーストラリア館代表に選ばれたアンジェリカ・メシティ(1976〜)は、世界を移動しながら暮らす現代で(再)発見した、非言語の意思疎通を可能とするジェスチャーについて映像作品化してきた。また、それを通じて映像の中の演者を素晴らしい文化を継承する者として、民主的な世界のただなかに立たせる。新作《ASSEMBLY》では、鍵盤楽器を模して開発されイタリアの議会で使われてきた速記用の特殊なタイプライターを使って言語を音楽化(符号化し作曲)した。実在する国会の控え室で、見慣れた楽器によってそれを演奏する者たちが奏でる和音や不協和音が映像内のおごそかな建築空間と、それが巨大な3つのスクリーンで上映されるパヴィリオンにも響く。

オーストラリア館「アンジェリカ・メシティ ASSEMBLY」展展示風景
Photo by Francesco Galli, Courtesy La Biennale di Venezia

リトアニア館

 パヴィリオン内の階上にあがり、中央にある吹き抜けを見下ろすと、仮設の砂浜で水着の老若男女が環境破壊や過労などについて歌いながら、思い思いに時間を過ごしている。リトアニア出身の女性3人によるオペラ・パフォーマンス作品『Sun & Sea(Marina)』(2017年初演、演出:ルギーレ・バルズジュカイテ、作詞:ヴァイヴァ・グライニテ、作曲:リナ・ラペリテ)のヴェネチア上演だ。ドイツ人劇作家ブレヒトによる叙事的演劇の手法で、プロの演者と地元のボランティアによる振る舞いを観察しながら鑑賞者は自らを省みる。前回(第57回)のドイツ館以来、パフォーマンス作品による金獅子賞が続くことについては別の考察の機会を待つが、コストや運営上の理由から会期中のパフォーマーによる上演は土曜日のみ。

リトアニア館「Sun & Sea (Marina)」展展示風景
Photo by Andrea Avezzù, Courtesy La Biennale di Venezia

 全体的にはすでに国際的に活躍するアーティストが多く、ルゴフが4年前に芸術監督を務めた第13回リヨン・ビエンナーレと同じ顔ぶれも見られる手堅いリストを、『ル・モンド』紙『ニューヨークタイムズ』紙などが「既視感がありリスクのない展示」と評した。いっぽう『ガーディアン』紙では、ヴェネチアビエンナーレが60万人に届くイベントであることを意識したルゴフを概ね好意的に評価し、国別パヴィリオンを含め様々なテーマで度々紹介している。

 フェイクニュースや代替的な事実がはびこり、ブレグジットの渦中で欧州各国でも右派勢力が台頭するという数奇な時代をどう生きるか。アートの実践は、ブレヒトの異化効果のように、目の前のドラマのような現実の本質を認識させ状況を変革する方法を示唆する。