江戸幕府が奨励した儒教思想
江戸幕府が儒教思想を推進した象徴的な作品としては、狩野探幽の《桐鳳凰図屛風》(17世紀)が挙げられる。鳳凰は儒教において理想的な君主が出現する象徴とされ、狩野派によって繰り返し描かれた。この作品は、江戸幕府の為政者が徳を持つ支配者であるべきという理念を視覚化しており、平和で安定した政治を目指した幕府の姿勢を反映している。
庶民や子供たちへの儒教の浸透
江戸時代後期になると、儒教の教えが庶民の生活に浸透し、親しみやすいかたちで広まったことが浮世絵や錦絵に表れている。その代表例が「老莱子(ろうらいし)」のエピソードを描いた錦絵だ。老莱子が親の前で子供のように振る舞い親に年齢を自覚させないことで孝行を示した姿は、ユーモラスな表現として庶民に親しまれ、パロディとしても描かれた。
さらに、儒教のエピソードは時代が下るにつれ象徴的な図様に変化し、染織品にも取り入れられた。同館所蔵の《雪中筍採模様筒描幕(丸に橘紋入)》や《雪中筍採模様筒描蒲団地(丸に橘紋入)》(ともに19〜20世紀)は、孟宗が母親のために雪中で筍を見つけるエピソードを描いたもので、後者では象徴的な要素(竹林や笠)のみが図案化されている。このように、物語性を持つ儒教の教えが日本文化に根付き、時代を超えて様々なかたちに表されてきた様子を感じ取ることができる。
いま改めて、儒教とは?
親孝行や年長者への敬意、あるいは社会規範としての役割など、儒教には現代では少し距離を感じる一面があるかもしれない。しかしながら、大城は、本展の展示作品で示される儒教の本質的な教えは時代や文化を超えてなお普遍的な価値を持つと考えている。
儒教の思想が最終的に目指す理想は、ただ特定の道徳を守ることではなく、平和で豊かな社会を築くことにあるとされる。今回展示される作品群は、儒教が持つ「心の鑑」としての役割を視覚的に伝え、現代の私たちが抱える迷いや葛藤に対するヒントを提供するものでもあるだろう。また、江戸時代を通じて庶民の生活や教育のなかに広く浸透し、美術作品としても数多くのかたちで表現されてきた儒教の要素は、現代においても普遍的な意義を持つものと言える。
本展は、儒教と日本美術の関係を通して、思想や文化が美術というかたちでどのように表現され、受け継がれてきたかを振り返る貴重な機会となるだろう。サントリー美術館で開催される本展を通して、儒教が示す理想や先人の貴んだ「鑑」を再発見してみてはいかがだろうか。
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