有田の伝統とフランスの人間国宝が出会う。佐賀県で芸術祭「ワザノワ会議」がスタート(後編)

ともに「人間国宝」という制度を持つフランスと日本。やきものの「有田焼」で知られる佐賀県で、同県を拠点とする若手作家とフランス人間国宝の展示や各種イベントを行う芸術祭「有田とフランス人間国宝 『ワザノワ会議』」 が11月18日にスタート。レポート後編では、ふたつのワークショップ、トークが行われた初日の様子をお届けする。

建築家・空間デザイナーのリナ・ゴットメによるインスタレーション

 手仕事の伝統を継承すると同時に、新たな領域に挑戦する有田町を含む佐賀県の若手作家と、フランス人間国宝がコラボレーションする芸術祭「有田とフランス人間国宝 『ワザノワ会議』」 が11月18日から25日まで、佐賀県の有田町で開催されている。

 初日の18日は展示に加え、2種類のワークショップとトークイベントを実施。扇作家でフランス人間国宝(メートル・ダール)のシルヴァン・ル・グエンによるワークショップ「折り紙を使ったポップアップ扇子作り体験」では、30名弱の有田町民が、日本の伝統的な模様が使用された折り紙を使った扇づくりに取り組んだ。

ワークショップ「折り紙を使ったポップアップ扇子作り体験」の様子

 8歳のとき、友人宅に飾ってあった扇を見たことをきっかけに、扇の世界に魅了されたというル・グエンは、独学で扇づくりをスタート。シルクや布を使った扇なども多数手がけ、映画『マリー・アントワネット』『シンデレラ』などでもその作品を見ることができる。

 ル・グエン作品の代表スタイルのひとつに、ポップアップの扇がある。これは、ル・グエンが日本の折り紙に着想を得たオリジナルの機構を特徴とし、扇を広げると繊細な模様や複雑な立体装飾が現れるというもので、今回のワークショップで制作されたのもこのスタイルの扇だ。

完成した扇を手にするワークショップ参加者

 子供から高齢者まで、幅広い年齢層ワークショップ参加者は、ル・グエンが事前に用意した竹の骨組みをベースに、直接指導を受けながら作業を進行。「一見すると複雑ですが、意外とスムーズにつくることができました」「また違う模様の折り紙でつくってみたい」といった声が聞かれ、それぞれ完成した作品を手に満足そうな表情を見せていた。

ワークショップ「有田の町屋を使った空間演出」で使用された町屋

 いっぽう、パリを拠点とする建築家・空間デザイナーのリナ・ゴットメを講師に迎えたワークショップは、「有田の町屋を使った空間演出」がテーマ。これは、数十年以上誰も使用することなく、当時の品々がそのままの姿で点在する町屋を舞台に、参加者が素焼きの器を配置するというもの。

 参加者は町屋の中を自由に見て回り、それぞれが感じ取ったことを発表。「場所に宿る記憶を取り出したい」「棚の格子が空間に多様なレイヤーを生んでいる」といった感想に加え、幼少期からこの町屋の存在を知っていたという参加者からは「ノスタルジーではなく、どのように生まれ変わらせることができるかを考えたい」という意見も出た。

ワークショップ「有田の町屋を使った空間演出」の様子。写真左がリナ・ゴットメ
ワークショップ「有田の町屋を使った空間演出」の成果展示

 それに対してゴットメは「光のことを考えながら、場所と対話することが重要」「素焼きと建物の構造の連携を強調できるようなポイントを見つけてほしい」「キーワードは境界と生命」といったアドバイスを行い、それをもとに、参加者は素焼きの器を自由に配置していった。

 各々が「なぜこの配置場所を選んだか」というプレゼンテーションを行い、ゴットメの意見も取り入れながらすべての器が空間に配置されることで、ワークショップ前とは異なる空気が立ち上がった町屋。「ワザノワ会議が次回開催される2年後、器の置かれたこの空間がさらにどのように変化しているのかが楽しみです」と、ゴットメは2年後へ想像を馳せる。

ワークショップ「有田の町屋を使った空間演出」の成果展示

 桂雲寺では、扇作家でフランス人間国宝(メートル・ダール)のシルヴァン・ル・グエン、陶芸作家の庄村久喜、伊万里焼窯元の畑石修嗣、佐賀県立九州陶磁文化館館長の鈴田由紀夫による「手仕事の未来」がテーマのトークも開催された。​

​ 国から指名される日本とは異なり、自ら申請を行うことが認定へとつながるフランスの人間国宝。ル・グエンは「38歳の若さで人間国宝の申請をしたことを大胆だと思われる方もいるかもしれません。けれど私は扇の技術を受け継いでいくためにはそうした認定が必要だと思い、申し込みました」として、かつて自分が申請したきっかけを振り返る。

トークイベント「手仕事の未来」の様子。左2人目から畑石修嗣、庄村久喜、
右から鈴田由紀夫、シルヴァン・ル・グエン

 そして、自分たちの技術を受け継いでいくことについて各々が思いを発表。庄村は、「私は、有田焼は”見えない技”がつくり出しているものであり、そうした見えない技のつながりが、有田焼を有田焼たらしめているものだと思う。自分の作品のスタイルは関係なく、技が伝わっていくことが最重要だと感じます」として、有田焼における技術伝承の重要性を強調。

 畑石は、「技術継承は重要な課題だけれど、この業界に若い人が飛び込みづらい土壌があることも実感しています。それを解決するには職人の立ち位置をあげていくことが必要であり、どういった職人さんが存在しているかを知る必要があると思う」と、地域全体での連携の必要性を語った。

 ル・グエンは、「これからも新しいものを志向し、挑戦を恐れずに制作を続けていきたい。ただ、いま自分がひとつ恐れていることが温暖化といった地球環境の変化です。それによって、使えない自然素材が生まれ、作品素材の選択肢も減ることを心配しています」として、技以前の、より広い視野での懸念を示した。

 ポップアップスタイルの扇など、つねに新しいスタイルを模索し続けるル・グエン。「なぜ扇にこだわるのか?」という鈴田からの問いに対しては、「扇のなかに本質的な構造を見出しているからです。構造は直線なのに、広げると曲線になり、小さなオブジェでありながら無限の広がりを感じさせる。ミクロなDNAからマクロな宇宙の深淵まで、様々なイメージを想起させます」として、扇が持つ多彩な魅力を語った。

桂雲寺

 展示からトークまで、多彩なプログラムを通して伝統文化の継承、国境を越えた技術交流を見ることのできる「有田とフランス人間国宝 『ワザノワ会議』」。江戸時代後期から大正時代以降に建てられた重要伝統的建造物が立ち並ぶ歴史風情ある有田町で、日本、フランスの文化と技術を支えてきた情熱を体感してほしい。

編集部

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