工芸のイメージを刷新する場としての「KOGEI Art Fair Kanazawa 2024」

工芸分野に特化したユニークなしつらえのアートフェア「KOGEI Art Fair Kanazawa 2024」が11月29日~12月1日に開かれた。同フェアは年に一度の開催で、8回目となる今回は、全国から40ギャラリー211作家が参加し、過去最大の規模となった。

文=山内宏泰

中川周士《木桶の茶室》

 工芸分野に特化したユニークなしつらえのアートフェア、「KOGEI Art Fair Kanazawa 2024」が11月29日~12月1日に開かれた。同フェアは年に一度の開催で、8回目となる今回は、全国から40ギャラリー211作家が参加し、過去最大の規模となった。

 会場となったのはJR金沢駅前のホテル「ハイアット セントリック 金沢」。2階のオープンスペースと5〜6階の客室で、展示・プロジェクトが展開された。

 出展の各ギャラリーは、客室の1~2部屋を展示販売の場として用いた。ホテルの室内を展示スペースとするのは近年、各地のアートフェアでよく見られる形態のひとつだが、工芸作品との相性は非常にいい。ホワイトキューブよりも生活感のある客室空間は、工芸が有する「手仕事による親密な表現」「実用に供する」「暮らしを彩る」といった特徴・機能を、より際立たせていた。

会場のハイアット セントリック 金沢

ホテル客室で親密に工芸に触れる

 様々な趣向を凝らした各ギャラリーの展示空間を覗いてみる。2階の会場入口脇に陣取るのは岐阜県から参加の「多治見市文化工房ギャラリーヴォイス」。「やきものの現在 土から成るかたち」と題して陶芸を並べた。伝統技法にのっとりながらもテーマやアイデアは奔放な作品が多く、エイデロブ マチルダは故郷スウェーデンの冬景色や、祖母のキッチンで暖をとった思い出をカタチに落とし込んでいる。伊勢崎陽太郎は、自身が影響を受けてきたマンガやアニメのキャラクターやシーンを、器の肌面に取り入れた。

多治見市文化工房ギャラリーヴォイスの展示風景より、伊勢崎陽太郎《日々面取り茶碗》 

 今フェアには第1回から出展し続けているという、同ギャラリー・エグゼクティブディレクターの川上智子が、展示の意図をこう語る。

 「やきものという技法と素材が好きでたまらない、との想いに端を発して制作している作家たちの作品を並べました。技法・素材の重視こそ工芸の強みだと思いますから」。

 階を上がると、整然と並ぶ客室のほぼすべてに、ギャラリーがずらり「入居」している。東京「しぶや黒田陶苑」の室には、北大路魯山人の徳利やグイ呑とともに、川合優の盆、津田清和のグラスなどが並んでいた。今回は「用の美」を備えた作品を取り揃えたという。

しぶや黒田陶苑の室内展示風景

 愛媛県松山市の「3ta2 SANTANI gallery」では、香川県高松市を拠点とし、漆を用いて制作する浅野絵莉作品に目がいく。支持体を用いず漆のみで造形する「彫漆」技法による創作は、軽みと深みを同時に感じさせる独特の色合いを持つ。作家本人がこう語る。

「漆を日々塗り重ね、少しずつ厚みを出していきます。限られた素材と道具を使い、人の手を動かし続けてかたちを生み出すところに、工芸の魅力を感じています。とはいえ黙々とつくり続けていると『この方向性でいいのか』と気持ちが揺らぐことも。広く見ていただき、反応を受け取れるこうした場があるのは、ありがたいかぎりです」。

3ta2 SANTANI galleryの展示風景より、浅野絵莉《堆漆白牡丹盤》

 主に現代アートを扱っている東京のギャラリーも複数参加していた。サイモン・フジワラや田島美加を置くTARO NASUや、新里明士や多和田有希+福本双紅を並べたKOTARO NUKAGA小山登美夫ギャラリーは小出ナオキやスナ・フジタのセラミック作品を見せていた。ゲストアーティスト沖田愛有美の、漆をメディウムとした絵画が放つ鈍い光も印象的だった。

 これら現代アートギャラリーが工芸に特化したフェアに参加する意義としては、日頃の客層とは異なる顧客・オーディエンスと出会えることが大きいとのこと。現代アート領域でも工芸的な手法やマインドを持つアーティストは増えており、出品作品の選択肢は豊富にあって困らなかったという。

KOTARO NUKAGAの室内展示風景

工芸作品に包まれての茶会

 「KOGEI Art Fair Kanazawa 2024」では特別プログラムも豊富に用意された。国立工芸館特別鑑賞や工房見学など「工芸都市・金沢」の特質を生かした体験コースもあるが、会場で目にできたのは、工芸的茶会とでも呼ぶべきものだった。

 2階スペースに、木工職人・中川周士の手による《木桶の茶室》が出現。その内部に入って、裏千家今日庵業躰・奈良宗久による茶席「MUFG茶会」を楽しめるようになっていたのだ。

中川周士《木桶の茶室》

 この茶会は、三菱UFJフィナンシャル・グループが取り組む「MUFG工芸プロジェクト」の一環として企画されたもの。同プロジェクトは工芸の文化・技術継承を支援し、そこから変化の時代に必要なイノベーションを学ぶことを目的として、多岐にわたる活動をしている。日本の文化やものづくりの根幹にあるのが工芸であるという着眼点は独自性が高い。

 予約制で5名ずつという限られた枠を得て呈茶を受けた参加者は、「木の香りと抹茶の風味が相まってすばらしい」と、一風変わった茶席を振り返っていた。茶室を制作した中川周士は言う。

「丸い空間は奥行きが出るので、意外に広々と感じられるはずです。大きい木桶はかつて醸造用に使われたりしましたが、現在ではつくられることが稀になりました。いろんな用途を考え出しながら、技を継承していきたいところです」。

 桶の中で席主を務めた奈良宗久は、円形の茶室の使い勝手に満足な様子を見せる。

「輪になって座ると、亭主と客が混在した『団らんの空間』が自然に生まれます。金沢はお茶どころですし、茶道具とは工芸品の延長線上にあるものですから、金沢で工芸作品の中に入り茶会をするというのは、組み合わせの妙が感じられる試みです」。

MUFG茶会の様子

「『工芸的思考』を生活に取り入れてもらいたい」

 「MUFG茶会」の総合監修を務め、これまでもKOGEI Art Fair Kanazawa の創設・運営に深く関わってきたのが秋元雄史東京藝術大学名誉教授である。同フェアと工芸の現在地を聞いた。

 工芸に特化するという特異なフェアが回を重ねてこられたのは、金沢という土地柄あってのことだったという。

「金沢の地は江戸時代、加賀藩前田家が工芸を大いに振興しました。その伝統は受け継がれ、県や市、地元企業が手厚く支援を続けています。金沢美術工芸大学、研修施設の金沢卯辰山工芸工房、そして国立工芸館と関連施設も多く、金沢では工芸が生活レベルに浸透しています。体感レベルですが、家庭内で工芸的なものを使っている割合も、他の街と比べてかなり高いんじゃないでしょうか」。

 ベネッセアートサイト直島の企画・運営に長らく携わり、現代アートと向き合うことの多かった秋元氏が工芸に傾倒していったのも、金沢という土地の力によるものだった。

「2007年に金沢21世紀美術館長に就き、金沢の工芸に触れはじめました。当時の現代アート界では『生活とアート』『社会とアート』といったテーマが注目されていたのですが、日本の工芸はもともとそうしたテーマを包含しているじゃないかと気づきました。ただし工芸は伝統という言葉と強く結びついており、それが重しになってうまくアップデートできていないとも感じられた。もうすこし情報を発信し、関わる層を多様にしていけば、工芸の世界はもっと広がると考えました」。

 その実践として、2012年に金沢21世紀美術館で「工芸未来派」展を開いたり、KOGEI Art Fair Kanazawa プロジェクトが立ち上げられていった。これらは、だれもが知っているようでじつはよく知らない工芸という存在を、改めて位置付け広めていく活動である。

「工芸と聞くと『ああ知ってるよ』と応じる方は多いですが、そのとき思い浮かべるイメージは、ちょっと古い固定観念に縛られているきらいがあります。革新を繰り返しているいまの工芸の技術や作品を知ってもらいたいですし、そこから工芸的な考え方も感じ取っていただけたらさらにいい。

 古いものは捨て去り新しいものを生み出し続けるべきというのが近代的発想の根幹ですが、工芸的な考えは経年変化を良しとし、年月を重ねるごとにモノには違った味わいが醸し出されていくとみなします。これは昨今唱えられるサステナビリティ重視の思考と、親和性が高いものです。生活にどうサステナブルな考えを組み込んでいくか模索するとき、工芸のなかにこそ大きなヒントがあるんじゃないでしょうか。工芸的思想が社会課題解決にどんどん活用されていくようになると面白い。

 KOGEI Art Fair Kanazawa に足を運ぶなどして、いまの工芸作品やその思想に触れ、一人ひとりの工芸観がすこしでも刷新されれば嬉しいです」。 

Exhibition Ranking

江戸メシ

2025.01.04 - 01.25
太田記念美術館
渋谷 - 表参道|東京