まもなく英国王の戴冠式。ロンドン塔から運び出されて使われる宝飾品「コロネーション・レガリア」とは?

ロンドン屈指の観光スポット、ロンドン塔。イギリスを訪れた際に、足を運んだ人も少なくないだろう。11世紀にウィリアム1世によって建てられた城ながらも、16世紀以降は牢獄や処刑場とされた複雑な歴史を持つ場所だ。ロイヤルファミリーの宝飾品の保存・展示でも知られている。5月6日に行われるチャールズ王の戴冠式は、これらが実際に使われる様子を中継を通して日本でも見られる貴重な機会となるはずだ。

文=坂本みゆき

セント・エドワーズ・クラウンRoyal Collection Trust / © His Majesty King Charles III 2023

 ロンドン塔は700年以上に渡り、現在も王家が所有する宝飾品であるクラウン・ジュエルズを守り続けている。訪れた人々に公開もされていて、非常に人気が高い。これらの品々が塔の外に持ち出されるのは王族の特別な式典のときだけ。戴冠式ももちろんそのひとつだ。今回の式で使われる品は「コロネーション・レガリア」と呼ばれるクラウン・ジュエルズの中心的存在で、王の権力と威厳を示すものでもある。その主なものを紹介していこう。

セント・エドワーズ・クラウン

セント・エドワーズ・クラウン
Royal Collection Trust / © His Majesty King Charles III 2023

 セント・エドワーズ・クラウンは戴冠式でチャールズ王が頭上に戴く王冠だ。王家が持つすべての王冠のなかでもっとも重要とされ、戴冠式でしか使用されない。つまり前回はエリザベス女王の戴冠式(70年前)となる。

1953年の戴冠式でセント・エドワーズ・クラウンを受けるエリザベス女王
Royal Collection Trust / © His Majesty King Charles III 2023

 この王冠は1661年のチャールズ2世の戴冠の際に作成された。それまでは11世紀のエドワード懺悔王の王冠を使用していたが、イングランド内戦中の1649年に破壊されてしまっていた。今日のセント・エドワーズ・クラウンは懺悔王の名にあやかり、そして彼の王冠を模してつくられたとされている。金無垢でルビー、アメジスト、サファイヤ、トパーズ、トルマリンで飾られ、重量は2.23キロ。その重さに耐えかねて、ヴィクトリア女王は自身の戴冠式でこの王冠の使用しなかったことでも知られている。

クイーン・メアリーズ・クラウン

クイーン・メアリーズ・クラウン
Royal Collection Trust / © His Majesty King Charles III 2023

 カミラ王妃はクイーン・メアリーズ・クラウンを戴く。1911年のジョージ5世の戴冠式の際に王室ご用達のジュエラー・ガラードによってメアリー王妃のためにつくられたものだ。1761年のシャーロット王妃以降、王の配偶者は新しく王冠をあつらえてきたが、カミラ王妃は長く続くその慣例に従わないことになる。

戴冠式時のジョージ5世とメアリー王妃
Royal Collection Trust / © His Majesty King Charles III 2023

 制作された当時は2200個のダイアモンドとともに、3つの巨大なダイアモンド「コ・イ・ヌール」「カリナンⅢ」「カリナンⅣ」が正面にセットされていたが、今回は「コ・イ・ヌール」ではなく「カリナンⅤ」がはめ込まれる。

「コ・イ・ヌール」はインドで発掘された105.6カラットのダイアモンドだ。ヴィクトリア女王は当時イギリスの植民地だったインドの皇帝でもあったことから「コ・イ・ヌール」もクラウン・ジュエルズに加わった。しかし1947年の独立以降、インドは返還を求めているが王室は応じていない。今回このダイアモンドが使われないのはそんな背景からではないかとの憶測もある。

 いっぽうで「カリナンⅤ」はエリザベス女王のお気入りであり、2018年の孫娘ユージェニー王女の結婚式や2020年の夫フィリップ殿下の99歳の誕生日のポートレートではこのダイヤモンドをブローチとして身につけていた。「カリナンⅤ」を選んだのは女王へのオマージュではないかという声もある。

 ここで「カリナン・ダイアモンド」について少し説明をしておこう。「カリナン・ダイアモンド」は1905年に南アフリカで発掘された3106カラットの巨大な石だ。その名は鉱山を持つ会社の会長、トマス・カリナンにちなんでいる。1907年にエドワード7世に献上されたのち、当時世界最高の加工技術を持つオランダのアムステルダムにあるアッシャー社が8ヶ月かけて大きなダイアモンド9個と小粒97個にカットした。その9個は大きいものから順に「カリナンⅠ」から「カリナンⅨ」と呼ばれ、いまでも王族がそのすべてを所有している。

セブリンズ・セプター・ウィズ・クロス

セブリンズ・セプター・ウィズ・クロス
Royal Collection Trust / © His Majesty King Charles III 2023
セブリンズ・セプター・ウィズ・クロスの上部
Royal Collection Trust / © His Majesty King Charles III 2023

 その「カリナンⅠ」も今回の式典で登場する。1661年にチャールズ2世が自らのコロネーションのためにつくられたゼブリンズ・セプター・ウィズ・クロスの上部に、1911年にジョージ5世がガラードに依頼して取り付けたのだ。「カリナンⅠ」は530.2カラットあり、無色で研磨済みのダイアモンドでは世界最大を誇り「アフリカの星」とも呼ばれている。

インペリアル・ステート・クラウン

インペリアル・ステート・クラウン
Royal Collection Trust / © His Majesty King Charles III 2023

 317.4カラットの「カリナンⅡ」はウェストミンスター寺院を去る際にチャールズ王が戴くインペリアル・ステート・クラウン上に輝く。こちらは「アフリカの第二の星」とも呼ばれている。

 この王冠は1937年のジョージ6世の戴冠式のためにガラードによってつくられた。「カリナンⅡ」以外にも重要な宝石が多く使われている。正面中央の末広十字架の「黒太子のルビー」(実際はルビーではなくレッド・スピネル)は長さ5センチもある大きな石で、14世紀に黒太子と呼ばれていたエドワード皇太子に贈られた歴史を持つ。上部の十字架中央にはめられた「セント・エドワーズ・サファイア」はエドワード懺悔王の指輪に使われていたもので、1163年に彼の墓から発見されたと言い伝えられている。

セブリンズ・オーブ

セブリンズ・オーブ
Royal Collection Trust / © His Majesty King Charles III 2023

 セブリンズ・オーブも大切な一品だ。式の最中は王が右手に持ち、戴冠の際には際壇上に置かれる。365個のダイアモンドとエメラルドやルビー、パール等で飾られ、そのかたちはキリスト教が王の権力を加護していることをシンボライズしている。

1953年の戴冠式におけるエリザベス女王のポートレイト。インペリアル・ステート・クラウンを被り、ここでは左手にセブリンズ・オーブ、右手にセブリンズ・セプター・ウィズ・クロスを持っている
Royal Collection Trust / © His Majesty King Charles III 2023

 これら豪華絢爛な宝飾品はロンドン塔のショーケースの中に鎮座している展示物であるだけではなく、王族の歴史と権威の象徴としていまもって大切な式典では使われる「現役」でもある。戴冠式は改めてそう知る、良い機会となるのではないだろうか。

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