15世紀のテューダー朝から現在のウィンザー朝まで、イギリス5王朝の王室の肖像画や肖像写真に焦点を当てる展覧会「ロンドン・ナショナル・ポートレートギャラリー所蔵 KING& QUEEN展 ─名画で読み解く 英国王室物語─」が、上野の森美術館で開幕した。
本展では、世界屈指の肖像専門美術館である「ロンドン・ナショナル・ポートレートギャラリー」から約90点の作品が来日。過去500年の間に制作された王室の肖像画を通じ、時代とともに変化していく君主制のあり方や、肖像画がアート作品として進化していく過程をたどる。
会場は「テューダー朝」「ステュアート朝」「ハノーヴァー朝」「ヴィクトリア女王の時代」「ウィンザー朝」の5章構成。1485年、ヘンリー・テューダーは戦いのなかで王位を勝ち取り、ヘンリー7世として即位しテューダー朝を開いた。テューダー朝の誕生は、イングランドで肖像画制作の黎明期と一致しており、肖像画は王族たちが自らの権力を固める手段のひとつにもなった。
第1章「テューダー朝」では、ハンス・ホルバイン[子]の原作(1536)に基づいて制作された《ヘンリー8世》(17世紀か)に注目したい。ヘンリー8世は1509年、17歳のときに王位を継承。本作では、豪華な衣装や宝飾品で飾り立てられた国王の様子が描かれており、ヘンリー8世がその権力の頂点に達した様子を表現している。
6人の妻をめとったヘンリー8世は1536年、2番目の妻アン・ブーリンを処刑。その間の子で唯一生き残ったエリザベスは、25歳のときに異母姉のメアリーから王位を継いだ。《エリザベス1世(アルマダの肖像画)》(1588)はそのエリザベス1世の統治の栄華を祝する作品だ。
88年のスペインの無敵艦隊撃破を記念して制作された本作では、その背景に出航するイングランドの火船と沈められたスペインの艦隊が描かれており、エリザベスの統治下におけるイングランドの拡張を示唆している。
1603年、エリザベス1世の死によってテューダー朝は終焉を迎え、その従弟ジェームズ・ステュアートは王位を引き継ぎステュアート朝を開いた。ジェームズ没後、その次男チャールズは25年に王位を継承。しかし、その治世はイングランドの内戦を引き起こし、49年にはチャールズが処刑され、イングランドで共和制が敷かれた。第2章「ステュアート朝」の前半では、ジェームズ1世やその妻アン・オブ・デンマーク、チャールズ1世の肖像画、そしてチャールズ1世の処刑を題材にしたエッチングなどを見ることができる。
同章の後半では、チャールズ1世の5人の子供たちを描いた作品や、60年に君主制が復活し、王位を継承したチャールズ2世、その姪メアリー2世とアン女王を描いた大作が展示されている。
アン女王は1707年、イングランドとスコットランドの間に合同法を締結し、ふたつの国をグレート・ブリテンという国として統合。14年には、その逝去によって1世紀を超えたステュアート朝も幕を閉じた。
アン女王は世継ぎを残さなかったため、イギリスは危機に直面。その立憲君主制を守るため、議会はジェームズ1世の曾孫で、ドイツ・ハノーファー家のゲオルクを戴冠させた。これにより、イギリスではハノーヴァー朝が始まった。
この時代では、国王のイメージを普及させて硬貨として鋳造するため、横向きの肖像画が制作された。第3章「ハノーヴァー朝」では、同朝の開祖であるジョージ1世と、「クジラ王子」で知られる大食漢のジョージ4世の横向き肖像画が展示。また、オコジョの毛皮をあしらった金色の衣装を身にまとうなど、非常に華麗な姿で描かれたジョージ3世の肖像画も本章の注目作品だ。
1837年、ヴィクトリアが女王として即位し、イギリスは科学や経済の発展が成熟に達した帝国の絶頂期「ヴィクトリア女王の時代」を迎えた。この時代の王室の肖像画には、公的権力を持つ女王としての姿と、伝統的な女性らしいイメージを調和させようという試みが出現した。
また1860年代以降、写真が市販されるようになることで、ヴィクトリア女王とその夫アルバート公は、写真技術を使って自分たちの姿をとらえることを積極的に受け入れた。第4章では、こうした新しいスタイルの肖像画と肖像写真の対比を楽しんでほしい。
展覧会の最後を飾るのは、イギリスの現王朝「ウィンザー朝」の王室を紹介する肖像作品。1910年のジョージ5世の即位によって開かれたウィンザー朝の王室は、第一次・第二次世界大戦、技術や社会的道徳観の急激な変化を切り抜け、巨大な変動の時期に君臨し続けてきた。
第5章では、ジョージ5世の結婚式やその一家の写真をはじめ、アメリカ人女性ウォリス・シンプソンとの不倫交際で王位を放棄したエドワード8世や、その弟アルバート(のちのジョージ6世)、そしてイギリスの現女王でイギリス君主史上最長の在位を誇るエリザベス2世とその一家の写真・肖像画が展示。20世紀以来のウィンザー朝王室のイメージの変化を感じることができる。
会場の最後には、「この戴冠は、わたしたちの未来への希望を宣するものです。神よ、力を与えたまえ」といった、1953年のエリザベス2世の戴冠式での宣言が記されている。500年以上にわたる英国王室のレガシーを肖像画で再認識する絶好の機会だ。