東京大学総合研究博物館と「レコール ジュエリーと宝飾芸術の学校」主催の特別展「極楽鳥」が、東京・丸の内のインターメディアテクで開催中だ。「鳥」をテーマにジュエリー、博物資料、ドローイングが集うこの展覧会について、東京大学総合研究博物館の松原始と大澤啓、そしてレコールのディベロップメント&コミュニケーション・ディレクターであるソフィー・ビスカールの3人に、その見どころを聞いた。
ドラマティックな展示構成
──現在、インターメディアテク(*1)開館10周年を記念して、東京大学総合研究博物館と、ヴァン クリーフ&アーペルが支援する宝飾芸術の教育研究機関「レコール ジュエリーと宝飾芸術の学校」(*2)が主催する特別展示「極楽鳥」が開催されています。様々な鳥類の剥製を中心とする博物標本とともに、19世紀半ばから20世紀後半までに発表されてきた鳥がモチーフのジュエリーの数々、博物資料、ドローイングという3種類の展示物で構成されていますね。展覧会の企画意図をお聞かせください。
大澤 人間の研究活動や創作活動というのはなかなかひとつのカテゴリーに分類することはできず、学際的に多方向からアプローチすることによって、より豊かな視点が生まれるとインターメディアテクでは考えています。レコールのソフィーさんとリモート会議を繰り返し、展示するジュエリーをまず選び、鳥類学と博物館的な観点からそこに何が見えてくるか議論を重ねました。デザイナーたちは鳥のどのような要素に目を向けたのか。それを考えると、どのような博物資料や図像と組み合わせて展示できるか、大学博物館の知見をもとに展示物を選ぶ新たな視点が生まれます。そのプロセスを経て展示構成を考えました。
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──真っ暗な展示室から始まる、ドラマティックなセノグラフィが印象的です。
大澤 最初の真っ暗な部屋の中央に2つのフクロウのペンダントが展示され、背後の壁面には大学で使われていた木製の棚を設置し、様々な資料を陳列した「驚異の部屋」を演出しました。その前室を抜けると、ニワトリが出迎える朝の鳥との出会いがあり、昼の鳥の活動へ、そしてファンタジーの世界という時空の異なる空間に導かれる構成となっています。
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ビスカール 今回のセノグラフィはとても美しいと感じています。例えばブローチには、「小さな彫刻作品」と表現したくなる美しさがありますが、ジュエリーはサイズが小さいので、ほかの作品とともに展示するのがとても難しい。しかし、適切なサイズの展示什器と、ジュエリーを輝かせる照明の演出が効果的で、とてもバランスが取れた展示になっています。学術資料の展示も説明的すぎず、デザインと鳥類学を同時に楽しむことができます。
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大澤 展示の見どころのひとつは、作家による様々な表現技法だと思っています。写実的な表現から大胆なデフォルメまで、美術史において動物の表現が変遷をたどってきたように、ジェエリーもやはり変化してきました。例えば19世紀後半のフランスの宝飾作家ギュスターヴ・ボーグランは、孔雀のブローチで有名になりましたが、孔雀の典型的な姿を、非常に象徴的な描写法を用い、金属と貴石で表現しています。当時のヨーロッパ象徴主義の芸術運動と連動するものを感じます。展覧会のメインヴィジュアルにも用いたヴァン クリーフ&アーペルのハチドリのような鳥のブローチには、実際に鳥の羽がついていて、これは1910年代から行われてきたレディメイドと近い。鳥の姿の抽象化を目指した作品も展示されていますが、それもやはり、20〜30年代の前衛運動とシンクロしているように思えます。
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松原 この企画のお話をいただき、ジュエリーのリストを拝見したとき、頑張らないと鳥の資料がジュエリーに負けてしまうのではないかと個人的に危惧しました。しかしカタログ用の写真撮影の際に、黒バックできちんと照明を当て、クローズアップで撮っていただいたのを見て、剥製標本の素晴らしさを改めて感じました。とくに鳥の構造色(*3)の輝きに魅了されました。宝石の色と鳥の羽の色を比較するトークイベントも行いましたが、ピグメントや構造色などのメカニズムに類似性がありますし、今回の企画を通して、鳥を改めてよく見る機会が増えたと感じています。
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ビスカール 空を飛ぶ鳥に魔法のような力を感じたり、夢を見たりと、人は古くから鳥たちに魅了されてきましたが、これだけの多様性をもつ種であることも、その魅力のひとつではないでしょうか。ひと口に鳥と言っても、七面鳥や白鳥、極楽鳥、ハチドリなど、その姿も色もまったく異なります。人間が何世紀も研究し、発見を重ねてきたロマンのようなものが、今回の展示からも感じられます。
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松原 生物学的な話をすると、人間はとても視覚的な生きものですよね。目で多くのものを認識し、色覚も発達しています。じつは鳥も、その点で共通しています。鳥は色覚が鋭いので、非常にカラフルな羽で異性にアピールします。幸いなことに、人間もそれを知覚できるわけです。さらに昆虫のようにすばしっこく逃げてしまうこともなければ、哺乳類のように近づくと藪に逃げるというようなこともなく、枝に止まっていてくれる。我々にわかりやすい感覚のレンジで生活していることも、人間が鳥に惹かれる理由のひとつなのかもしれません。
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ピエール・ステルレの表現
──博物学や鳥類学の専門家の視点から、気に入ったジュエリーはありましたか。
松原 ピエール・ステルレの一連の作品が好きですね。写真を見ている段階から気になっていましたが、現物を見て本当にすばらしいと感じました。リアリズムという観点でいうと、実在する鳥を表現したわけではありません。しかし、翼の翻り方や飛び立つ姿勢など、鳥らしさのエッセンスがどのジュエリーからも感じられる。普段鳥を観察している人間から見ても、あれはたしかに鳥の動きです。そこが面白いし、とても惹かれます。
大澤 確かにステルレの作品群には感動しました。僕は異なるメディウムによる表現から生じるズレに関心を持ちました。ステルレは鳥の種を特定できる写実的な表現はしていませんが、その真髄を異なるかたちで抽象化し、簡略化している。彼はわりと大きな石を鳥の胴体に見立て、そこに組み合わせた金属との関係性そのものを彫刻とするような表現をとることがあります。それによっても、また新たな鳥の表現が生まれてくるんです。
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ビスカール 1950〜70年代にかけて、宇宙科学をはじめとする技術の進歩は、イノベーティブな視点という意味でジュエリーデザイナーにも大きな影響を与えました。ステルレをはじめ、何人ものデザイナーが新しい素材選びや表現手法を試み、抽象化も進みました。なかでもステルレは、細い糸状の金でフリンジをつくる「天使の髪」と呼ばれる技法や、単純な図形を組み合わせ、幾何学的に抽象化した鳥のシェイプなどで動きを表したように、動きの表現に強くこだわりました。その革新性が、ジュエリーの熱狂的なファンはもちろん、松原さんや大澤さんのような専門家をも魅了するのかもしれません。
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──展示の最後には、《極楽鳥のエグレット》と題するジュエリー、オオフウチョウ(極楽鳥)の剥製、ドローイングと、3つの異なるメディアの極楽鳥が集結しています。
松原 当館には、オオフウチョウの剥製標本が11体あります。もともとこれを一斉に展示したいという思いがあったので、展覧会タイトルが「極楽鳥(BIRDS IN PARADISE)」であると聞いたとき、すべて並べて「極楽」をつくることができるチャンスだと考えたのです。そして、剥製とジュエリー、ドローイングを一緒に展示すれば、美しい鳥を見たときに人間はそれをどうデフォルメし、デザインに落とし込むことができるかを見ることもできます。
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大澤 ジュエリーのあとに改めて鳥の剥製を見ると、羽の発色や鳥の造形なども含め、剥製の美しさ、標本としての完成度も新たな観点から評価することができます。そしてドローイングがあることによって、ジュエリーと剥製というサイズの異なる立体と平面との対話も生まれます。これは芸術全般にわたって重要なテーマですし、そうした視点も、展示の楽しみ方のひとつだと思っています。
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*1──日本郵便と東京大学総合研究博物館が協働で運営する公共貢献施設。「インターメディアテク」の名は、各種の表現メディアを架橋することで新しい文化の創造につなげる「間メディア実験館」に由来。学術標本を常設展示するほか、様々な企画展示を行う。
*2──フランスを代表するハイジュエリーメゾン、ヴァン クリーフ&アーペルの支援のもと、2012年にパリのヴァンドーム広場に創設された、世界初の開かれた宝飾芸術専門学校。パリ本校と香港キャンパスを有し、東京やニューヨーク、ドバイなどの主要都市で特別講座も開催している。
*3──シャボン玉などのようにそれ自体には色がついていないが、光の波長の分光に由来する発色現象で見える色。