近年、世界のアート界において指摘されるジェンダーバランスの偏り。その問題に真っ向から向き合うような映画が、4月9日に公開されるドキュメンタリー作品『見えるもの、その先に ヒルマ・アフ・クリントの世界』だ。
本作の主人公であるヒルマ・アフ・クリントは、1862年にスウェーデンに生まれた画家。スウェーデン王立美術院で美術を学び、卒業後は当時の女性としては珍しく職業画家として伝統的な絵画を描き、成功を収めた。いっぽうで、青春期から霊的世界や神智学に関心を持っていたヒルマは、妹を亡くしたことでよりその関心を強くし、神秘主義に傾倒。独自の表現の道を歩みはじめ、同じ思想を持った4人の女性芸術家と芸術家集団「5人(De Fem)」を結成するなど、より活発に活動を展開させた。
同時代の作家たちが新たな芸術作品を発表するいっぽう、ヒルマはその作品を公表せず、死後20年間は世に出さないように言い残し、1944年にこの世を去る。
しかし死後半世紀を経て、グッゲンハイム美術館がその回顧展を開催。同館にとって史上最高となる約60万人の来場者数を記録し、ヒルマにふたたび光が当てられることとなった。本作は、こうしたヒルマの歩んだ道を、キュレーターや美術史家、芸術家たちの言葉によって解き明かすものとなっている。
しかし、本作において何より重要なのは、なぜヒルマは美術史から忘れ去られたのか、という疑問への言及だろう。ヒルマは抽象絵画の先駆的存在とされるヴァシリー・カンディンスキーよりも先に、抽象絵画を描いていた。カンディンスキーによる最初の抽象画が1911年だったのに対し、ヒルマは1906〜07年。つまり、抽象絵画誕生の歴史がヒルマの登場によって覆される可能性が出てきたのだ。
美術の世界は、男性が中心になって紡がれてきたという事実がある。リンダ・ノックリンがかつて「なぜ女性の大芸術家は現れないのか?」(1971、訳題は松岡和子によるもので『美術手帖』1976年5月号に収録)を書いたように、アーティストの世界も男性が優位であることは疑いようがない。こうしたジェンダーのアンバランスは近年問題視されているが、依然として解決にはいたっていない。
ヒルマの存在がこれまで忘れ去られてきたのは、彼女が女性だったからなのか? 映画を通してヒルマの数々の作品を鑑賞するとともに、キュレーターや美術史家、芸術家たちによる構造的な問題への指摘に耳を傾けたい。