イスラエルを拠点とする美術家、ペレグ=ディションの個展「What makes things fly」が、東京都文京区のWAITINGROOMで開催されている。本展は、Art Hotel やまきわ美術館(新潟・十日町)とWAITINGROOM(東京)の主催、イスラエル大使館の共催による「日本 - イスラエル AIR プロジェクト Yamakiwa / WAITINGROOM」の成果発表の展覧会だ。
99名のイスラエル人アーティストの応募者の中から選ばれたペレグ=ディション。本展では、新潟の十日町市に1ヶ月間滞在し、同地の環境や人々とコミュニケーションを取りながら制作したという作品が発表される。
ペレグ=ディションは、これまで「紙」を重要な素材として使用してきた。伝統的なユダヤの切り絵文化に強く影響を受けているペレグ=ディションは、日本のクラフトの歴史や和紙といった文化が自身の制作と大きな関わりを持っていると感じ、日本での滞在制作を決意。
イスラエルと日本の両国にアプローチするテーマとして、1903年にイスラエル初の国立美術学校であるベツァルエル美術デザイン学院を設立した、ボリス・シャッツ(1866~1932)によって執筆された書籍『Jerusalem rebuilt: A Daydream』(1918)を起点に、切り絵を組み合わせた凧を制作した。
同著では、100年後のエルサレム(つまり現在の2018年)の様子が描かれており、そこには平和主義の近未来的ユートピアの世界観が随所に溢れている。シャッツは、このユートピアのモデルとして日本を挙げており、シャッツが提唱する再建されたエルサレムに、日本の伝統的文化や社会、経済システムを取り入れたいと書かれていた。
しかし今日のエルサレムは、2017年12月にアメリカのトランプ政権がエルサレムをイスラエルの首都と認め、大使館をテルアビブからエルサレムへ移すと発表したことにより、パレスチナ・ガザ地区のイスラエルとの境界付近では抗争が激化している。実際に大使館をエルサレムに移転した18年5月には多くの抗議デモが繰り返され、火炎瓶が取り付けられた数十の凧がパレスチナからイスラエル領に放たれ、何軒かのぼや騒ぎが起こるなどの事件が多発した。
自由と希望の象徴であるはずの凧が武器に変わってしまったこの事件は、ペレグ=ディションが今回のプロジェクトの企画書を書いている最中に起こったという。
「何が物事を空へ飛ばすことができるのか?」という問いに対して、人々の「想像力」とそれが紡ぎ出す「物語」がそれを可能にするとペレグ=ディションは提唱。新潟での滞在制作中、地域住民から手に入れることができたという100年前の和紙を使用し、ペレグ=ディションが拠点とするユダヤの切り絵手法と、日本の伝統的な凧の絵柄を用いてオリジナルの凧を制作した。ペレグ=ディションはこの凧を制作することを通じて、100年前に現在を想像したボリス・シャッツのユートピアの世界観を、現実に立ち上がらせることを試みる。
加えて、水彩によって描かれたイメージが乾くと消えるという中国の特殊な布を使用した小さな凧も約10体制作。切り絵の手法による大凧とあわせて、展示空間全体がひとつのインスタレーションとして展示される。
なお、小さな凧は、新潟のやまきわ美術館のワークショップで地域住民との共同制作によるものであり、展示中は観客は小さな凧にそれぞれ好きな絵柄を描くことができる。水彩が乾くと消えてしまうことによって、人々が描いた「想像力」を空に飛ばすという現象を表現するという。