辰野登恵子(1950〜2014)は東京藝術大学で油画を専攻し、在学中から作品を発表。70年代には、ドットやグリッド、ストライプなどの規則的なパターンを用いた版画で注目を集める。その後は制作の中心を油彩に移し、有機的な形象を描く独自の抽象表現を追求した。
95年には、史上最年少(当時)で東京国立近代美術館で個展「辰野登恵子 1986-1995」を開催。2003年から多摩美術大学で教授を務め、12年に国立新美術館で「与えられた形象 辰野登恵子 柴田敏雄」を開催。そして14年、病のため64歳でこの世を去った。
「辰野登恵子 オン・ペーパーズ」と題された本展は、版画やドローイングなど紙の上の表現に光を当てる内容。辰野は油彩の制作を開始したのちも、並行してエッチングや木版、リトグラフなど、さまざまな方法による版画の制作に取り組んでいたという。
本展前半部では、1970年代の制作の全体像をシルクスクリーン版画の連作を中心に紹介。全盛期のアンディ・ウォーホルやロイ・リキテンスタインなどの影響を受けつつ、グリッドやストライプを用いた辰野独自の表現がはじまる初期作品を概観することができる。
後半部は、油彩と紙の仕事の関係を探る内容。辰野が油彩と平行して制作していた版画やドローイングを紹介する。特にパステルなどで描かれた大型のドローイングは、油彩における特徴的なモチーフの展開を読み解く鍵と言える。
そのほかにも、信濃毎日新聞での辻井喬(堤清二)による2006年の連載『漂流の時代に』のために辰野が描いた挿絵の原画全52点が集結。故郷の風景や草花など身の回りの事物が素直に描かれ、辰野の知られざる一面を垣間見ることができそうだ。
油彩作品30点を含む約220点で、辰野の40年あまりの制作を振り返る本展。紙の仕事を実験の場とし、油彩と行き来することで生まれた表現の軌跡をたどってみたい。