世界が認めた光のアーティスト、MASARU OZAKIインタビュー【2/2ページ】

映画で受けた衝撃から「光の世界」へ

——そもそも光の表現に興味をもったのはいつだったのでしょうか? なにかきっかけとなる出来事があったとか?

 小さい頃に見た映画がぼくにとってはショッキングだったんですね。小学生のとき、1978年です。父が映画好きで、新宿プラザ劇場でスティーブン・スピルバーグの『未知との遭遇』を見たんですよ。すごい興奮した。『E.T.』や『バック・トゥ・ザ・フューチャー』とか、当時はいわゆるSF映画がすごく多かった時代。父はそういう映画が好きだったんでしょうね。僕は連れていかれるたびにショックを受けるんです。魔法とかUFOとか大好きで純粋に信じていましたから。今思えば、あれも光のひとつの表現だったんですよね。

“Tsubomi”より

 次に僕がショックを受けたのが1982年に製作された『トロン』です。当時、CGをあれだけ全編にわたって使ったのは、映画ではたぶん初めてだったんじゃないでしょうか。ありえないカメラワークをCGだとできるので、もうショックすぎて......。そこでCGに興味をもって「やりたい」と思ったときに、「ぴゅう太」っていうTOMY(当時)が発売したおもちゃみたいな16bitのコンピュータがあった。それともう一つ、「ベクトレックス」というマシンがあったんです。当時の僕が何に魅せられたかっていうと、たまたま見た海外の「ベクトレックス」のCM。ぼーっと見てたら、男の子がペンをもって画面に触れるんです。そしたら光の線がぴゅーって書いてあって、描いた絵がアニメーションで動き出すんです。すごいショックでした。ブラウン管にビーム管で光を発射して、ドットを動かしている「ベクトルスキャン」(だから「ベクトレックス」なんですけど)という方法で映像を描いている。ビームの軸を動かせば、光が動く。これを当時の僕は、美しく感じていました。『トロン』のワイヤーフレームの世界だったり、点と線が光で結ばれていく様子だったり、そういうのを実世界に立ち上げたい、という思いから始めたのが、光の表現です。

――当時から新しい表現に対する感度が高かったんですね。MASARUさんは、光を物体に投影する技法を早くから取り入れられています。この発想へはどうやって辿り着くんでしょうか?

 当時、同期のアーティストとかデザイナーになった人たちはみんな作品を持ってくるんですよ。でも僕の作品は映像なのでさわれない。例えば絵は平面だけど、いろんな見方ができる。映像はカメラワークも僕が決めちゃうから、自由な角度で見れないんです。そこも自由にしたいなっていう思いがあった。それは僕の中の葛藤で、そこを脱出したい気持ちがあった。それで生まれたのが《CHAIR》という作品なんです。立体物に投影することで、見る人は自由に動ける。造形をやってる人に対する憧れもあったんですよね。

 光の表現をテレビのモニターから脱出させたい。そうすると、投影する方法になってきた。映像インスタレーションとはいっても、ライティングも勉強したくなって、学んでいくうちに、撮影の勉強も始めて.......。映像といっても、ライティングのことは実世界で応用できるから、映像でライティングをつくっておけば「ウソの照明」をつくれるな、と考え出したのが、(「プロジェクションマッピング」といまは呼ばれてますが)映像インスタレーションだったんです。

《CHAIR》 2008

——やりたいことの組み合わせの結果が映像インスタレーションだったんですね。

 プロジェクターの光量が上がって、安くなったのがちょうど8〜9年前だったんです。たぶん世界同時にクリエイターはみんな同じことを考えていたんだと思います。もともと「プロジェクションマッピング」というのはCG用語であったので、CGソフトのなかではメジャーなこと。

 CGクリエイターと呼ばれる人たちやアーティストは知ってたけど、実世界でやるには光量が足りないんですよね。それがちょうど9年前、1000ルーメンの壁というのがあって、その明るさを超えたんですよ。どーんと安くなった。「僕らでも買えるじゃん!」ということから、個人のクリエイターがみんな手を出し始めた。面白かったですよ、各国の光のアーティストたちが同じことを始めて。「同じこと考えてんの? がんばろうおたがいに」なんて言って。みんな今は各国の第一線でやっています。

 僕は、当時家の中でやろうと思ったから、安い5、〜6万円の会議用のプロジェクター買ってきて、天井につけて、投影するものをつくろうと思った。必ず皆が知ってるもので、触れたことがあって、生活に密着したもので、スクリーンとして応用がきくもの......「椅子だ!」と。椅子をつくるのに何か月もかかりました。表面も、映像だから白く塗ればいちばんいい気がするじゃないですか。でもそれじゃダメで、プロジェクターの光が入ってくる入射角に対して、反射角が実は大事。プロジェクターはプリズムで光を合成しているので、たまたま合致した角度が正面の90度で返ってこない場合は、プリズムの角度がずれた色が入るんですね。だから反射光がグリーンとかピンクになっちゃうんです。遠くの建物だと、見る人が少しくらい移動しても映像はずれないんですけど、僕の作品は近くで見せたいという思いがあったので、パースがずれちゃうんですね。どうしても近くの作品がつくりたくて、研究しながら、1年以上かかりました。でもやっぱり早かった。2008年に発表して、その2、3年後にはテレビでプロジェクションマッピングが出だしたんですけど、面白い時代でしたよ。すごく手探りだったので。

——まさに黎明期だったんですね。

 だけど僕がやりたかったのは画面から飛び出た、いわゆる立体作品。光の彫刻をつくりたい、という思いがかたちになって、そこにシフトしていったというのは大きかったですね。

《CHAIR》 2008

光の表現で世界へ

——先ほどお話が出た《CHAIR》がきっかけで、イタリアの出版社、Maggioli Editoreが発行した書籍『LIGHT WORKS』で、「光を操る世界のアーティスト50名」として日本人で唯一選ばれました。

 発表してから数年経ってからですけどね。感慨深いのは本を開いたとき、当時「がんばろうね」って言ってた人たちが何人かピックアップされてて、すごく感慨深かったです。映像の仕事していた人たちが、光を操るアーティストとしてシフトしていくのを、僕は見ていたので。

——海外にも作品の情報は伝わっていたんですね。

 《CHAIR》は、初心に返る意味でも、オフィスで見れる状態にしてあります。技術的にも、いまは解像度を上げることができるし、もっとすごいこともできるけど、あえて当時の画質で当時のまま見ると、面白いですよね。作品ってその時代のその人が出るから、もがいている感じがいっぱい出てるんですよ。だから本当は見せたくないんですけど(笑)。

——この《CHAIR》を2008年に発表された後、2010年には上海万博の日本館では《カゼノシズク》《ORIGAMIWALL》という作品を発表されています。かなり大規模な作品ですが、どういった作品だったのでしょうか。

 オープン初日に、日本館は4時間待ちの行列ができて、《ORIGAMIWALL》のところにお客さんにまぎれて立っていたら、壁に向かって拍手が起こるんですよ。中国って面白いなと思ったんですけど、そんななか1人の男性が警備員に詰め寄っていって、ちょっとしたケンカになってしまった。「どうしたんですか?」と聞いたら通訳の人が苦笑いして「壁が動いて危ない、どうやっているんだ、危ないじゃないか」と言ってきたと。警備員の方も困っちゃって。「映像だ」と言っても、「おまえ俺が嘘ついていると思っているのか」とケンカになった。それくらい、映像に慣れていない人にとってはショックだったんでしょうね。

——作品の規模が大きいから、余計にそういう反応が起こったのかもしれませんね。

 《カゼノシズク》は幅18メートル、高さ3メートルくらいの水上に設置され、360度カバーした光の彫刻で、夜になると水面に映る幻想的な世界を楽しめます。

《ORIGAMIWALL》は幅12メートル、高さ6メートルくらいのエリアに遠近感が逆転して見える構造のパネルがあって、それが視界全体を覆うように積み上げられた空間になっています。その壁が変形して動き出すように見えるので、その場に立つと、知っている私でも浮遊感を味わうほどで圧巻だったと思います。

上海万博で発表された《ORIGAMIWALL》
上海万博で発表された《カゼノシズク》

ヴァン クリーフ&アーペルと初のコラボレーション

——話は「LightTreeProject」に戻りますが、今年の3月からは、ヴァン クリーフ&アーペル銀座本店のウィンドウで、造形作品を公開されます。同ブランドとのコラボレーションは初の試みだと思いますが、このプロジェクトについてお聞かせいただけますか。

 ここでは初めて「LightTreeProject」の“Tsubomi”から派生した立体作品が2つ、ガラスのウィンドウに展示されます。この作品自体は「LightTreeProject」の話がそこで展開されるというのはなくて、あくまでもアート作品としてやります。

——やはり「光」は要素として入ってきますよね?

 「光の彫刻」をやりたいのですが、ヴァン クリーフ&アーペルのガラスケース内に設置したかったので、大きさは限られている。そのなかで映像のインスタレーションとなると制約が厳しい。そこで、自分がいままでやってきた知恵を絞り出しました。話がきたときから2年くらいかかっているんです。どうやったら自然にそこに飾られたように見えるのか。技術的な部分や、「こんな最新技術を使っています」というのが見えなくなるところまで突き詰めたかったので、長い時間がかかってしまいましたけど、やっとここへきて、完成に近づきつつある。

 「LightTreeProject」は「寂び」を表現していて、さびれたもの、経過年数の経ったものの中に美しさを見出そうとしています。店頭では、「詫び」つまり、思い通りにならないことや不足の中に、充足を見出し、閑寂を楽しんでほしい、というテーマが実は裏にあります。その美意識を作品の中なかにどこまで落とし込んで表現できているのか。木工作品と映像が組み合わさった作品になっているのですが、映像そのものを見てもらうというよりは、映像が放つ光が木に反射したところの、空間を染めていく美しさを感じてほしい。僕らが木に温もりを感じたり、木のオモチャに暖かみを覚える感覚というのは、人が持っているDNAだと思うんですよね。だからライティング一つとっても、光の当て方で雰囲気も変わってしまう。木のぬくもりを伝えるために、“Tsubomi”も白い光しか使っていないんです。

——展示場所が、ヴァン クリーフ&アーペルというハイジュエラーですが、宝石の持つきらめきを意識されることもありますか。

 ヴァン クリーフ&アーペルの思想や考え方、僕が店内に足を踏み入れて感じた空気感、壁を触った感触、僕の体が本当に感じたことは素直に作品に反映させたいという思いがあって、何度も現地には足を運びました。(ジュエリーには)どういったアーティストが関わっていて、どういう思いで

編集部

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